2006年7月15日付け
お隣ミナスでも百周年の輪郭が固まりつつあるようだ。記念誌・ビデオの製作でも特に日伯合弁事業の時代を取り上げるなど、「日ブラジル家プロジェクトの地」としての特色も打ち出されている。現在各地で、自治体、地元日系団体による百周年委員会が発足しつつある。今後も、それぞれの地域で移民百年を祝う動きが出てくるだろう。今必要なのは、これら各地方の動きが連携し、「ブラジル日本移民百周年」の下につながっていくことだと思う。各地のトップが集う円卓会議、そんな風景を想像した。
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社会の流行や新商品などを紹介する日本の雑誌「DIME(ダイム)」が最新号で「JAPAN×BRAZIL」と題した特集を組んでいる。日本(人)とブラジル(人)で深い関わりのある組み合わせを紹介するもので、アイルトン・セナや田中トゥーリオなど近年の人に加え、さかのぼってコンデ・コマ(前田光世)とグレイシー柔術の関係にも。さらには「ブラジルの大自然が生んだ南米のピカソ」として画家の故・間部学氏が紹介されている。一般誌がこうした形で日伯の歴史に触れるのは珍しい。関心が高まりつつあることの現れならいいのだが。
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三重県の鈴鹿市が、市役所でポルトガル語とスペイン語による庁内案内放送を始めた。市役所での落し物など、落し主が外国籍の可能性がある場合、両語で案内するという。中日新聞によれば、同市の外国人登録者数は六月末現在九二三一人で人口の四・六%。「現実」が行政を動かすということか。