一世紀近い歴史を刻みながら、日本の教育現場でその歴史が取り上げられることの少ないブラジル日本移民史。こうした現状に対し、移民史を歴史教科書に載せる運動を続けている京都歴史教育者協議会の本庄豊副会長からこのほど、本紙に対し、「運動の経過と課題」と題した一文が寄せられた。中学の社会科教師を本職とする本庄さんは、これまでにも「南米移住史を日本の教科書に」という運動に携わり、〇三年にはブラジルを訪れ、学校で移民史を教えるための調査を行うなど活動を続けている。日本での運動の現状を紹介した同寄稿を二回にわたり紹介する。
本間重男さんからの手紙
今年六月初、ブラジルから一通の手紙をもらった。差出人は本間重男さん。
「……教科書問題は本庄さんが火付け役でした。私は全ノロエステ文協連合会に趣旨書を提出し、連合会で全員の賛同を得ました。サンパウロ日伯連合会理事会でノロエステからの趣旨書は、特別に私が説明し、日本の教科書に取り上げてもらう様に願いました。その場では協議されませんでしたが、後日、日本移民百周年記念行事の一つとして、サンパウロ日本総領事館に提出されました。先日、ある方に本庄さんのことを聞かれました。私は進行状況について語りました。一言『遅いなあ………』と云われました。ただ、けっして貴方を非難しているのではありません。一応現況をお知らせした次第であります。どうぞお身体に気をつけて、元気でお過ごしください」
本間さんからの手紙は、私個人宛ではあったが、その内容は日本の歴史教師全員に宛てたものだった。そこで私は本間重男さん宛に書いた原稿に加筆し、本紙に投稿することで、その責任の一端を果たしたいと考えた。
教科書問題の経過
二〇〇三年八月末、私は本間重男さんの自動車に乗ってノロエステに行き、そこで文化協会連合会理事諸氏と「ブラジル日本移民を歴史教科書に」という運動について話しあった。賛同が得られたという感触を得た私は、所属する歴史教育者協議会に働きかけ、社会科教育専門誌『歴史地理教育』に特集を組んでもらうことにした。
翌二〇〇四年九月発行の『歴史地理教育』には、本紙(ニッケイ新聞)編集長深沢正雪氏、現代座代表木村快氏、私がブラジル日本移民史について執筆した。社会科教育専門誌にブラジル日本移民史が特集された反響は大きかった。大手マスコミから取材申し込みがあり、全国紙にも掲載された。
〇五年六月、私は歴史教育者協議会の同志に呼びかけ、「移民史の歴史教科書への記載を求める中学校社会科教師の会」を結成。義務教育課程の中学歴史教科書会社に要望書を提出し、四社(大阪書籍、日本書籍新社、扶桑社、日本文教出版)中三社から前向きな回答が寄せられた。回答を寄せなかった四社についても検討を開始しているという情報があった。〇六年四月から使われている東京書籍の中学教科書『新編新しい社会・歴史』には四ページも「移民県広島」が紹介されている。
ブラジル側でも、本紙報道によれば、〇五年十一月「ノロエステ連合日伯文化協会(白石一資会長)が、百周年祭典協会の上原幸啓理事長に要請文を手渡した」とのこと。この要請文が〇六年に「日本移民百周年記念行事の一つとして、サンパウロ日本総領事館に提出」(本間重男さんの手紙)されたのである。
何を教科書に書くのか
本紙を通じて日本の社会科教師とブラジル日系社会との連携が不十分ではあるが一定機能し、それが圧力となり、次回の教科書改訂では、少なくない教科書がブラジル移民史を記述するであろう。
問題は何を教科書に書くのかということである。ふたたび本間重男さんからの手紙を引用しよう。
「ブラジルの日系人の将来は暗いものです。現実は早い速度で変わっていっています。只今はは百四十万の日系人が居るが、急速に日系人としての誇りを失って行っています。……気がついたことは日本人の持って来たすばらしい精神文化であります。人に迷惑をかけるな、約束を守るように心がけよ、弱いものをいじめるな。――これが日本人の持って来た精神文化であり、社会生活にとってすばらしいことなのであります。……日系人の顔をしているだけで、ブラジルでは日系人を信用することが、まだまだ多いのです」
農業に果たしたブラジル日本移民の役割は大きいものがあるが、精神文化もまた忘れてはならないと本間さんは強調している。力行会の永田久さんは「勤勉さこそ日本人の特質」と筆者に述べたことがあるが、こうした目に見えないものについても、教科書に載せていく必要がある。
ところがブラジル日本移民史についての研究者がほとんどおらず、また移民文化の研究も日本ではすすんではいない。かぎられた教科書記述のなかで、移民文化について書くとなれば、やはり俳句文化が筆頭になるのではないか。
以下の文章は、現在筆者が執筆している『日系人って何?』(来年上梓予定)という本からの一部引用である。今年出版された『海を渡ったサムライたち―邦字新聞記者が見たブラジル日系社会』(本紙編集局報道部・幻冬舎)、『パラレル・ワールド』(深沢正雪・潮出版社)、『異文化の中の日本』(木村快・同時代社)などともに、教科書執筆者の参考文献になればという思いで書いたものである。(つづく)
ブラジル日本移民史を歴史教科書に――運動の経過と課題=京都歴史教育者協議会副会長=本庄豊
2006年9月20日付け