=最前線から
- ■連載(67)=森川奈美=マリリア日系文化体育協会=ブラジル―いつか、また
2006年11月9日(木)
前回このリレーエッセイに執筆したのが今年一月。ありがたいことにその後ますます書道の出張依頼が増え、あっちこっち飛び回り、気づいたらもう帰国間近。あっという間の一年だった。「はやく日本に帰りたい?」「またブラジルに戻ってくる?」というセリフを、すでに半年前から耳にしているボランティアは私だけじゃないはず。日本だったら流行語大賞にノミネートされること間違いなし。ただしこの質問、するほうは簡単でいいけれど、答える私はというと一瞬おろおろしてしまうほど、実は複雑な心境なのである。
たしかに日本は懐かしいし、ブラジルに来てから、改めて日本の景色の美しさや文化のおもしろさに気づいて、行きたいところ、やりたいことがたくさんできた。会いたい人もたくさんいる。それでもブラジルより日本の方がいいかというと、ちょっと違う。
私の場合、それはやはり書道という仕事に関してだが、正直ブラジルに来る前は、ここまで自分が人に何か影響を与えたり、人から必要とされるとは思っていなかった。オーバーかもしれないが、私の生涯でこのブラジルでの時間が、一番自分の力を発揮できたときではないかと思うほどだ。日本ではこんな活動は絶対できない。
他の国でも、これほど日系人がいて、書道に興味を持つ人が多い国はそうはないだろう。それが確実に分かっているだけに、この二年間で築き上げたものを全部置き去りにして帰ることが本当に惜しい。
マリリアの習字が好きな生徒にも、出張で遠くから呼んでくれて喜んでくれた人たちにも、もっと教えてあげたい。でもボランティアは二年で終了。今度来るときは全て個人で、守ってくれるものは何もない。いろんな面で、再び来て活動することは難しくなるだろう。
なんて考えを一言で答えられるわけがない!が、とりあえず「いつかまた来たいですねー」と答えてきた。でも最近はそれでいいかとも思う。あせることなんてない。日本でも、もっとやりたいことが出てくるかもしれない。
そしていつかまた、やっぱりブラジルで書道がしたいと思う時がきたら、その時考えよう。
「なんとかなるさ」の考え方は、私がこのブラジル生活で学んだこと。この考え方を身につけてから、いろいろなことがとても楽になった気がする。この二年間、私の中で何が変わって、何が変わっていないか、本当に分かるのは、きっと日本に帰ってからのことだろう。怖いようで、楽しみでもある。
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【職種】書道教師
【出身地】奈良県奈良市
【年齢】27歳
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