2007年2月14日付け
【エポカ誌四五五号】キナリア下院議長の登場により、ブラジルはどう変わるのか。ルーラ大統領が考えていることと労働者党(PT)の戦略は、どうなっているのか。過去二年間を振り返ると政府は黒星続きで、PT発祥の地、サンパウロ州本部は挽回策に知恵を絞っていた。最大の黒星はジルセウ前官房長官の失脚。続いてパロッシ前財務相とグシケン前広報長官が要職から去り、第二期政権の成立とともに引導を外様大名へ渡したことだ。しかし、サンパウロ市で医院を開業していたキナリア氏が下院議長の椅子を射止めたことで、サンパウロ州勢の流れは変わりそうだ。
PTとブラジル民主運動党(PMDB)連立政権の初仕事は、キナリア下院議長の選出であったようだ。これで両党はブラジル政治史で稀に見る多数派政権を築き、PMDBは政治への発言力を益々強める。安定力不足は、第一次ルーラ政権の泣き所であった。
キナリア議長の出現で、勝ち組と負け組の色分けも描けそうだ。勝ち組はまず復権を狙うジルセウ前官房長官、同議長の女親分マルタ元サンパウロ市長、ルーラ大統領から閑職へ追いやられたヴィエイラ下議、ブラジル民主社会党(PSDB)票を贈呈したセーラサンパウロ州知事。
負け組は経済低迷の責任が問われるメイレーレス中銀総裁、セーラ知事のライバルと目されるゴーメス下議、PMDBの幹事役から外されたバルバーリョ下議、PT/PSDB連立政権に反対したカルドーゾ前大統領といえそうだ。
キナリア議長の第一声は、大統領府の支配に服する下院ではなく権威ある下院の設立、だった。その直後、下院の支配に服する大統領府構想が動き出した。これが第二次ルーラ政権の特徴だというのだ。
構想の骨子は、一、政治面ではPT/PMDBが互角の連立政権を確立する。二、経済面で政策の軌道修正を急ぎ、公共工事促進を成長の基本とする。中央銀行には基本金利の引き下げ圧力を掛ける。
党は、下院議長を閣僚指名や政策決定の仲介人に仕立てる考えだ。下院議長は、賭場にのぞむ党の賭け金を預かったも同様だ。下院議長は表決の可否を決める権限を持つからだ。例えば最低賃金や公務員の給料調整で表決するしないは、下院議長の胸三寸で決まる。過去のブラジル政治史を振り返って見ても、下院議長がブラジルの運命を左右したことは多い。
キナリア下院議長は、本業の医者時代から政治の熱狂ファンであった。政治なら土日も祭日もない。映画やオペラ、パーティなど優雅な趣味はない。一家団らんとボクシングの試合観戦だけに興味がある。下院内でも空手有段者であるキナリア議長のやくざ風ケンカ好きは有名である。自分以外は虫ケラだ。
ブラジリア連邦大学で医学を学び、ポルト・アレグレでインターンを修めた。学生時代にドクター・ネットのコードネームで地下運動に身を投じ、ガード下をねぐらに暮らした。軍政の監視を避け、家には決して帰らなかった。
キナリア議長の勝利は、政府予算の獲得と財政の引き締め緩和に利用されるようだ。地に落ちた下院の尊厳回復と国民から全く信用を失った下院の失地回復は、下院議長の使命のはず。しかし、具体的な回復策はない。過去の話としてキナリア議長が強引に握り潰すらしい。
政治や財政、社会改革について、下院議長の独自案は聞いたことがない。キナリア支援の動機には、議員お手盛り案や役職分配、お鉢回しなどの個人的取引はなかった。それが表決の前夜、多数派の大同団結で不思議に大筋がまとまったのだ。多数派の考えは、下院執行部を手中に収め政府の要職を獲得することであった。一省内に多数党が同居する役職のオーバーブッキング(空売り)である。