2007年3月24日付け
比嘉エバリスト神父(カトリック・サレジオ修道会)=浜松市在住=によれば、在日日系カトリック界はデカセギ問題解決に向けてまた一歩を踏み出した。二十二日に同市役所内で会見し、初の国外犯処罰(代理処罰)裁判となった浜松市女子高生ひき逃げ事故の遺族への資金カンパを始めたことを発表したほか、ニッケイ新聞の電話取材に対し、四月にプレ百周年イベントとして日系カトリック教徒約三百人で長崎巡礼すると語った。日伯司牧協会顧問の松尾繁詞(しげし)神父も「同じ日系カトリックとして心強い」とコメントした。
「最近日本では、ブラジル人は悪いことで報道されることが多く、胸を痛めていました」
カンポ・グランデ生まれの日系二世、比嘉神父はそう述懐する。国外犯処罰の遺族、落合敏雄さんがサンパウロ市の裁判を傍聴に行くときの渡航費用を支援する活動「カンパーニャ・プロ・オチアイ」を通して、「少しでも日系人のイメージの回復につながれば」と考えて始めた。
在日十四年になる比嘉神父は「同じキリスト教徒として、落合さんと連帯すべきだと思いました」と語る。すでに十三日から募金を開始しており、市内のブラジル雑貨店などに募金箱を設置し、信用金庫に専用口座を開設したという。
ただし、落合さん本人と事前の詳しい打ち合わせがなく、なかば一方的な支持表明となってしまった。そのため会見当日に落合さんから電話を受け、「今現在、ブラジルにいく予定はないが、申し出はありがたい」との感謝の言葉を受けたという。「来週、直接会って話をすることになりました」。
落合さんが渡伯しない場合や余剰資金がでた時は「NPOに寄付するつもり」と説明し、山岡宏明・理恵夫妻らが中心になって設立中のNPO法人「国外逃亡犯罪被害者をサポートする会」の名前をあげた。
募金の振り込み先は「カンパンヤプロオチアイ代表比嘉エバリスト」で、口座番号は「浜松信用金庫駅南支店 普通 695052」。問い合わせは比嘉神父(浜松=053・451・3929)まで。
落合さんの娘・真弓さん=当時16歳=は九九年七月に同市でひき逃げされて死亡した。事故直後にサンパウロ市に戻った桧垣ミウトン被告は業務上過失致死と救護義務違反の罪に問われ、今年二月六日に初の国外犯処罰裁判がサンパウロ市で行われ、大きな注目を浴びたことは記憶に新しい。加えて昨報したとおり、日本の証人十人に嘱託尋問書が送られた。
比嘉神父は加えて、在日日系カトリック信者約三百人による長崎巡礼を四月二十九日から三十日まで行うと語った。四月は第一回移民船「笠戸丸」が神戸を出港した月であり、「長崎は日本のカトリックが始まった場所。我々がプレ百周年として訪れるのに相応しいと思った」という。
モジ教会の松尾神父によれば、日本最初のカトリック布教師として一九二三年にブラジルへ派遣された中村ドミンゴス長八神父(一八六五―一九四〇)の出身地も長崎であり、巡礼一行はその縁の地も訪れる予定だという。
さらに比嘉神父は、来年四月には在日日系宗教団体に呼びかけて、宗派を超えた百周年記念行事を企画していると明らかにした。
在日の日系神父はブラジルから派遣されており、こちらが大本。松尾神父に比嘉神父の印象を問うと「とても良い仕事をしている」と評価し、「百周年に向けて、我々も彼らと密接に連絡を取り合うことが課題の一つになっている」と語った。