2007年3月30日付け
早朝、東の空が白みはじめ、周りの景色が少しずつ色を帯びだす。薄暗かった山に陽が当たり、鳥のさえずりが聞こえる。少し肌寒いが、キリッと引き締まった空気が気持ちいい。
『ポウザーダ前田』では前田さんの妻、結芽子さん(65)が朝食を用意。マルメロポリスの由来でもある地元の果実マルメロで作られたジャム、マルメラーダはパンによくあう――。
「いつか果たしたい」と移住以降、描きつづけてきた前田さんの夢は、登山を通じ、ブラジル人愛好家とのつながりを深めていく中で、実現していった。
まず、アンデスへ向かう。一九九五年以降、前田さんは、山岳クラブのメンバーとともに、ペルーのピスコ峰(5752メートル)、ウルス(5500メートル)、南米最高峰のアコンカグア(6950メートル)、チリのパタゴニア山岳地帯などの名峰を踏破。「夢だったんですよ。今、ブラジルに来て実現した。言うことはありません」。
そして、二〇〇〇年、アフリカ最高峰キリマンジャロ(5895メートル)登頂のために貯めていた資金を削り、歩き回って〃自分の庭〃のように把握したマンチケイラ山脈の一隔、見晴らしのいいところに土地を買った。「山岳ガイドと山荘経営の夢」に向けての、一歩だった。
週末にはカンピーナスからマルメロポリスへ移動。山荘作りが始まる。キャンプ場、シュラスコ用施設に、小部屋が四つ、ストーブのある六人部屋が三つ。シャワーや台所を備えた一戸建て、食堂、休憩場、そして、湯船のあるお風呂にサウナ。
「私の登山は、スポーツとしての登山ですけど、自然の草花や森林浴などを通して健康の維持も図れます。ですが、互いに自然に染まりながら、人生を語り合ったり、人生の苦しみを自然の薬で癒される。新鮮な気持ちになって下山してもらえるようなところを目指してます」。
前田さんの山荘には、山岳クラブ会員、ジープ愛好家、ボーイスカウト、宗教関係者や博物研究会のグループなど、様々な人が訪れる。「婚約解消に落ち込んでいた女性が癒されに来たり、時には、結婚披露宴をやりたいなんていう人もいます」。
前田さんの山荘建設は七年後の今も続いている。「山に登ったことのない人に、何が必要なのか、どうすればいいのかを紹介できれば」と、山荘の横に、昔使用していたドイツ製の装備や地図、コンパスなどを展示した「山岳博物館」開設を目指す。
「雨が降ってもゆっくりできるようにしたいし、将来的には岩風呂を作りたいですね」。食堂内には、前田さんが歩いたアンデスの絶景や、マリンチンスを訪れた仲間の写真が飾られている。
今後の前田さんの目標は―? 「昨年暮れに仕事をやめましたので、これからはガイドと山荘のことを本格的にやっていきます。今年中には、キリマンジャロに登る予定でいます」。
エコツリズモに関する雑誌や、旅行誌「VIAGEM」にも取り上げられた民宿『ポウザーダ前田』は、乾季に入る四月から九月がシーズンになる。(おわり、稲垣英希子記者)
マンチケイラに抱かれて――登山のすすめ――連載(中)=縦走新ルートの開拓=山仲間と共にクラブ創設へ