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中国一の大富豪はブラジル籍者=若き日をサンパウロ市で過ごす

2007年4月6日付け

 【エスタード・デ・サンパウロ紙一日】中国の長者番付トップの座についた大富豪は、ブラジル国籍の台湾人であることが明らかになった。アメリカのFORBES誌が例年発表する一〇億ドル以上の資産家ランキングで中国一となったその人物はリューミン・チュン氏(44)で、ナイン・ドラゴンズ製紙会社の筆頭株主兼オーナーを務め、個人資産は二四億ドルで昨年始めてランキング入りした。
 同社長は一九七五年、両親に連れられて二人の兄弟とともにブラジルに移住、十三歳から二十八歳までの十五年間、サンパウロ市で過ごした。その間ブラジル帰化人となり、国籍を取得した。サンパウロ市内のサント・アマーロ大学歯科部を卒業し、歯科医の資格を取得した。
 同社長は記者のインタビューに答え、ブラジル人の血が流れていると冗談を飛ばし、世界中を商用で駆け回るのにブラジルのパスポートを使用していると自慢している。このためナイン・ドラゴン製紙の香港本社の正面入口には中国、米国の国旗と並び、ブラジルのも掲揚されている。
 同社長は「歯科医では金は貯まらない」(当時の友人談)として、ブラジルの鉄鋼を中国に売り込む職業に就いていた。その折、現在の妻(四九)と知り合い八七年に結婚した。妻は当時中国で、四〇〇〇ドルの出資金で再生紙を輸入する会社を経営していた。
 二人は一年後、アメリカのカリフォルニア州に移り、再生紙の工場を起こした。その後、九五年に香港に戻り、現在の会社を創業した。アメリカの再生紙の工場は現在でも好調で、いっぽう、コモディティ輸入で繁栄している。夫妻の収入の一〇%は同工場からのもので、本社入口にアメリカの国旗があるのはその所以である。
 ナイン・ドラゴンズ製紙は梱包段ボール紙で飛躍的な発展を遂げた。創業時の十一年前はちょうど中国の成長期の始まりで、紙関係はすべて輸入に頼っていた。同社長は過去を「中国の汽車(時流)に乗り合わせた」と振り返る。今では同社は九〇〇万トンの生産で、日本の王子製紙を追い抜いてアジアの製紙王と呼ばれている。昨年の売上は一〇億ドルとなった。
 さらに同社長のみならず、同じ株主の妻も同様二四億ドルの資産でトップの座を分けた。また妻の弟も株主で一六億ドルの資産を有し、この三人の大株主のみで総資産は六四億ドルと莫大なものとなった。同社は昨年三月、香港の株式市場に株を上場、発売と同時に四〇%高の人気株となり、四億八〇〇〇万ドルの資金が流入した。
 同社長は紙パルプ商談で時折ブラジルを訪れるが、(ブラジルのパルプ輸出はアジアが米国に次いで二位となっている)その合間をぬって級友と歓談する。家族は全員台湾に帰国している。級友の一人は八三年の大学卒業アルバムを広げ、家が裕福ではなく、アルト・ダ・ラッパ区の自宅から片道二時間をかけてバス通学をしていたと回顧する。同社長も当時は高級車を乗り回すのが夢だったと述懐している。
 ブラジルへの投資について同社長は、様々な規制が不透明で、官僚主義がはびこっているのがブラジルの現状で、これが改善されて外国企業誘致に本腰を入れるなら我々は「真っ先に手を挙げる」との考えを示した。

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