2007年4月6日付け
日本移民百周年の記念事業に関して、途方もない、というか、奇想を聞いた。日本人は、開拓初期、特にサンパウロ州奥地において、原始林を伐り、土地を丸裸にしてしまった、百年の今、償いをしろ、という話である。償いの具体的な方法は、つまるところ「樹木を植えろ」だ▼「償い」といえば「罪」に該当するものを思い浮かべる。開拓初期、原始林を伐採することは罪であったか。この奇想を聞いて一番先に考えたのはその点である。当時、誰ひとりとして罪を犯していると思いながら、マッシャードを振るった人はいないだろう。日本人ばかりがそうしたのではないという議論もあるだろう。伐採はむしろ農業生産を上げるための貢献であったはずだ▼償い論が出るのは時代なのだ。いつの間にか、畑地を造成するときは林を規定面積残せ、とか、樹木を伐ると罰金とかが課せられる時代になった▼アマゾンの熱帯雨林を保存せよというのは、今や国際的な要請である。百年前、サンパウロ州が〃開拓〃されたころとは、比較にならないスピードや規模で、雨林が消失して大豆畑になってきた。これに対しては近い将来、償い論が出るだろうか▼コチア青年は自分たちの五十周年を記念して、植林事業を行った。もちろん、償いではなく、ブラジルへの感謝が前面に出され、さらに「将来に残す」が強調された。植林はできるだけしたほうがいいに決まっている。ただ、伐ってしまったあとの原状回復は、気が遠くなるほど道が遠い。(神)