2007年5月11日付け
【エスタード・デ・サンパウロ紙十日】ローマ法王ベネディクト十六世は九日、サンパウロ国際空港へ到着、第一声「中絶と安楽死を戒め、良い習慣を守る家庭への配慮」を訴えた。ルーラ大統領による歓迎の辞に応えて法王は、人命は受胎から召天まで創造主の御意志の中で意図されるもので、人はこれを敬うべきだと述べた。メキシコで中絶が合法化されたことで、ブラジルの中絶支持派議員の教会破門を是認すると表明した。法王はヘリで空港から空軍基地へ移動、法王専用車に乗りかえ、サンベント修道院で旅装を解いた。
ベネディクト十六世は、八十歳とは思えない足取りで颯爽(さっそう)とタラップを降りた。法王は、南米大陸のカトリック教会に「活」を入れるための来伯と表明した。アパレシーダで行われる第五回中南米聖職者会議では、生命の尊厳を訴える予定となっている。
法王による一連の声明は、前日中絶を公衆衛生の問題と喝破したルーラ大統領の前で発表された。法王にとって生命の尊厳とは絶対的なもので、宗教的立場と政治的立場で相対的に論じられるものではないという。人命軽視の国は衰えるという考えらしい。
政教は一つのもので、今後も宗教の政治介入があることを法王は示唆した。ブラジルはその模範例を示す使命があるらしい。しかし、カトリック教会内にも母体の危険と女性だけに責任を負わせる片手落ちな習慣を杓子定規に裁くことに反対の声がある。
古い伝統を守る政治家は、ブラジル社会を衰亡から守る幹細胞だと法王はいう。社会の核をなす家庭は一人の男と一人の女によってつくる聖なるもの。ゲイの結婚や中絶は自然の摂理に反する。これが、法王からブラジルの政治家への警告である。
法王と大統領は十日朝、バンデイランテス宮で「飢餓と内戦」について語る。午後はパカエンブー競技場で「若い召命者を募る」として、法王がアピールする。カトリック教会にとって最大の悩みは、道徳頽廃の世相の中で若い命の息吹が欠けること。
サンパウロ市でのミサに続いて、ブラジル出身の聖人第一号ガルボン神父の列聖式が行われる。カトリック教徒が少数派の日本で聖人の大量生産が行われたのに、最大カトリック教国のブラジルは初めである。
世紀末に宗教や国家レベルで大変革が起きるという「解放の神学」は語弊と法王が糾弾した。しかし、宗教を精神の域に留めず社会運動へ結びつける動きはある。教会の門外不出書をあばくダヴィンチ・コードのような書籍も、多く刊行されている。
プロテスタント教会の「キリストの福音は生活そのもの」という触れ込みは正論だと法王がいう。福音は社会的弱者のためのもの。新興教会は神を求める渇きを癒している。これはカトリック教会が真剣に取り組むべきものだと法王が叱咤した。
サンパウロ総合大学(USP)のロッペス教授(歴史学)は、中絶は社会問題であって政治問題ではないという。ブラジルの政治が世俗的風潮に染まる中で、教会は中絶を政治問題にすりかえようとする。現在通用しない教理を持ち出して、宗教が存続しようとするのは無理がある。宗教の新陳代謝が必要だという。