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静かに咲く、美しい花=自信持って人生を築く人々

2007年5月30日付け

 【ヴェージャ誌二〇〇八号】中世の良き伝統を現在も守るように訴えるなら、社会から笑い者にされるとハーバード大学のカニッツ教授がいう。経営管理学では、良き習慣を守ることを目指す心理学を大切にする。それは状況に対し臨むべき態度の指針であり、理想的な処世術の研究である。
 病気の症状がないから、健康か鉄人であるわけではない。ノイローゼや恐怖症の症状がないから、健全な精神の持ち主というわけではない。理想的な人間像は、自分の目指す理想像へ向かって努力をすることではないか。これは心理学と精神分析学の結論だ。
 正常な人間は存在するが、少ない。正常な人間でも少数派になると、異常ではないかと心配して精神科医を訪ねる。異常な人を探して自分と比較し、異常と正常の差を調べて自分の状態を確認しようとする。人間の理想像とは、歴史上の人物や思想家、法王、芸術作品が訴えるようなものではない。
 夢の実現とは自己啓発書で実現するものではないし、成功者と自分を同列に置くのも不自然だ。現代の小さな成功者とは、自分で幸福を実感できる人。素晴らしい家族を持ち、和気あいあいとした平和な家庭を築いた人ではないか。
 会社経営でも、倒産前夜にある企業は病んでいると思われた。周囲を見ると倒産か破産一歩手前の企業はゴマンとあり、経営が順調な企業は隠れてコソコソとミルクを飲んでいる。何を以って健全な企業と定義するか。それは、経営者の心次第ではないか。
 ブラジルの優良大企業一〇〇社とか世界ランク五〇〇社などとあおられるが、いつ寝首をかかれるか分からない。諸行無常。栄枯盛衰の習いならば、優良企業とは夢のまた夢だ。
 「旅路」という著書に理想とする人間像調査が掲載された。質問は「あなたが住む町で、崇める人物は誰か。嫌悪する人物は誰か。あなたは、どんな人間になりたいか」。崇める人物は、物質と権力崇拝の現代にかかわらず、ほとんど成功者ではない無名の人であった。
 崇拝される人物に会ったところ、自分の将来について肯定的な人や肯定的なヴィジョンを持つ人であった。多くは両親から人生観を学び、先生や他人ではないという。崇拝される人物は、波乱万丈の人生を歩み、紆余曲折の体験を経た人たちである。人間としての悩みもあり、人に言えない悲しい秘密もある。
 彼らは艱難(かんなん)の御し方を会得し、打ちひしがれていない。荒波を乗り越えながら、人間性に磨きをかけた。自分自身に自信を持ち、人生を築いている人たちである。このような美しい花は、人目に付かないところで静かに咲いている。

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