2007年8月4日付け
小説家の今日出海に「野人・白洲次郎」があり「神戸の中学校は粗野で、野蛮だった」「(白洲は)生粋の野蛮人で、いまだに野蛮人の素質が抜けていない」と続く。今は白洲と旧神戸1中に学び、中国文学の吉川幸次郎も同級生だった。「鈴木悌一」の著者は「反俗の野人悌一」と書くが、この反権力派の人物も旧神戸1中であり、生涯―反骨を貫く▼鈴木悌一は、凍結資産の解除、実態調査、日本文化研究所設立という業績を遺した鬼才であり、移民には珍しく古典に親しみ文化を慈しむ。金銭にはまったく無頓着だが、あの実態調査の頃には、余りのカネ不足に悲鳴を上げたそうだし、生涯―富貴とは縁がなかった。だが、彼の3つの仕事は、日本人移民の歴史にしっかりと刻まれる▼鈴木正威氏の「鈴木悌一」には、達者な語学を駆使しての読書や若かりしときの坐禅に裏打ちされた強靱な精神と飽くなき求道の心が見事に描かれている。大いなる恋―もあった。この評伝で最も興味深いのは、悌一の自筆である「山庵雑記」であり「土曜会」と「時代」の発刊である。山庵は若かりし悌一の苦悩や恋愛論も多く、多感な想いを綴っている▼「時代」に掲載される論考は素晴らしいものらしく、戦後の勝ち負け騒動の時代に―よくぞこれだけの知識人がいたものだと感嘆せざるをえない。それにしても、現在の人材不足よ―である。終章の「晩年」がいい。俗界を離れヴェルレ―ネを口遊んでの画筆三昧。私的な暮らしも記され「悌さん」を知るための優れた評伝である。10日に文協貴賓室で出版記念パーテイが開かれるそうなので是非とも出席したい。 (遯)