2007年8月15日付け
パラー州アレンケール在住の坂口成夫さんは、戦後移住者で、アマゾン生活五十三年余になる。本紙にはすでに「探検記」「マラリア」に関する投稿で登場している。今回は、ブラジル以外の他地域にいては、とても想像がつかないと思われる動物について書いている。人々は「鰐」や「蛇」を知っていても、それはその人が過去見聞した範囲に留まっている。その意味で、坂口さんが行う紹介は、想像に余るものがあるかもしれない。不定期で連載する。
◇鰐の話(1)
アマゾンというと鰐を連想する。
♪アンデス澪(しずく)の
アマゾンの河でよー
鰐をさかなに 酒をのむよー
などと唄ったこともあったっけ。
ここにいる鰐は、ジャカレーという。一つはジャカレー・アッスー(大きな鰐)、一つはジャカレー・チンガ(小さな鰐)。ジャカレー・アッスーは、その名のとおり大きい。三~四メートルくらいになる。色は黒色に光って美しい。この皮が高く売れるので、インジオたちが次々に殺して、私がアマゾンに入った時分(五十三年前)には、もう町の近くにはほとんど見られなくなってしまっていた。性質は獰猛で大きいのは人を襲うこともある。
私の(渡航の)引受人であった東京都出身の佐脇忠氏の所で、私の弟が一時働いていたことがあったが、ある日、インジオが途方もなくデカいジャカレーの皮を持ってきたことがある。頭は斧などで目茶目茶にブン殴ったりしたので、売り物にならない、チョン切ってきたとのことで、それでも測ってみると、七メートルに余る。頭を入れたら十メートルは優に越すと思われる大物である。
これは、カノアを漕いでいたインジオの後をつけていて、カノアをひっくり返して食ってやろうとしていたのである。岸にいたインジオが見つけて大声で合図して岸につけさせ、別の大型のバテロンに何人かの屈強な男どもが斧や鋸を持って乗り込んで、ジャカレーに向かって行き、何本か銛(もり)を打ち込んで、暴れる奴をいなしながら、疲れたところを引き寄せ、斧で頭をブン殴って殺してしまった。
それにしても、まれに見る大物で、佐脇さんも「今まで永いこと商売をしていたが、こんなデカイのは初めてみた」との由である。
ジャカレー・チンガは、その名のとおり小型である。大体二メートル半くらいまでになる。これを越すのは稀である。色はアッスーより薄く、灰黒色である。性質は割合温和で、人を襲うことなどほとんどない。ただ、卵を抱いているときは気が立っているので、人であろうが、牛であろうが、近づく者にはでっかい口を開けて襲い掛かってくる。
それで、猿は二組になって、一組はジャカレーをからかう。ジャカレーは怒って猿を追いかける。そのすきにほかの組が卵をさらって逃げる。何回か繰り返しているうちに、卵は残らず猿にせしめられてしまう。
猿が一匹のときは、卵を抱いているジャカレーを見つけると、近くの茂みに隠れてじっとしている。いくらジャカレーでも一日中カンカン照り付けられたらたまるものではない。注意深くあたりに気を配って、何も近くに居ないと見すますと、そっと水の中に入って、熱しきった身体を冷やす。そのすきに猿は卵をさらって逃げる。
猿はジャカレーが水浴びに行くまで一日中でもじっとしていて「我慢の子」である。
私たちが到着した頃は、ジャカレー・アッスーは皮が売れるので、インジオの追及に会い、すでにほとんど見かけなくなっていた。ジャカレー・チンガは、その時分、皮をなめす技術が悪くて、売り物にならず、誰も殺すものがいなかったので、それはたくさんいたものだった。
夜、懐中電灯で照らすと、明かりを受けて鰐の眼が青く、赤く、桃色に、それこそ無数といいたいくらい見える。空の星と対照して、美しい眺めだった。 つづく (坂口成夫)