2007年8月31日付け
男性と女性の間に恋情はあるが、友情は育たない、とはよくいわれる。今度、故弘中千賀子さんの『異土の歌』、故陣内しのぶさんの『合鐘の記憶』と二冊の遺歌集を日本で編集、出版した前山隆さん(73)を衝き動かしたものは、何だったのだろう。前山さんがいくら多感でも恋情ではあるまい。女性二人の生前、文芸活動を通して親しかったのは、確かであるが▼『合鐘の記憶』のあとがきに書いている。「陣内は十五歳で移住、十九歳で結婚、七ヵ月で離婚、以後家計と子育てに生きた。そうした過去を知らない頃のある日〔何、この後家の頑張りが!〕と大声に面前で口にし、背中をだいぶ叩かれたが、彼女は怒らなかった。あの頃から真実親しくなった」▼前山さんは、本を携行して来社したとき、二人は(私が本を)出してくれるのではないか、と思っていたのではないか、だからといって、義務感があったのではない、生き甲斐だった、と言った。話を聴く者の涙腺を緩ませるのに十分だ▼自身のブラジル初期と重なり合うものがあるのか、前山さんは、ブラジルや移民が好きなのだと思う。子供移民たちは独学で自身の心の軌跡を含めた生活史を短歌で表現できるまで自分を高めた。それをいとおしむ▼弘中さん最晩年の歌「こまやかな四季ある国をひそめ持ち吾のひと世の終り近づく」。こう詠まれた歌を前にし、一冊に編んでやろうという気になったのであろう。前山さんの「情」は人には計り知れないものがある。(神)