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移民化するデカセギたち=根を張る在日ブラジル人社会=連載《第6回》=芽生えてきた独自文化=微妙な在日感覚を芸術に

2007年9月5日付け

 「最近は在日ブラジル人一世と自己紹介しています」と講演して聴衆を驚かせたのは、武蔵大学専任講師のアンジェロ・イシさんだ。サンパウロ市出身の日系三世だが、日本に移住したとの認識を明示的に表現して「在日一世」を名乗っている。
 「日本のマスコミは九〇年代以来、在日外国人の否定的な側面ばかりを取り上げてきた」と痛烈に批判する。ブラジル人のホームレス、留守家族から行方不明になったデカセギ、外国人が駅前で多数たむろして地元日本人が心配している話などだ。
 「もっと肯定的な面、日本文化に与えてきた影響を日本のマスコミは取り上げるべきだ」と強調し、在日ブラジル人コミュニティには独自の文化が芽生え始めていると、幾つかの例を挙げた。
 九七年に群馬県大泉町に住むブラジル人音楽家たちが、工場で働いた資金で自主製作したCDアルバム『Kaisha de Musica』(音楽の箱)を紹介した。Kaishaは会社と、ポ語のCaixa(箱)をかけている。
 「縄が欲しい」という曲では、あくせくと工場で働く内に奥さんを他の男に寝取られ、首を吊って自殺しようと縄を探す暗い状況を、やたらと明るいサンバのメロディとリズムで表現。強いコントラスト感を醸し出す印象的なポ語の曲だ。
 別のポ語ラップには「俺たちは人間的な扱いされてない」「日本はクソ暑い」「いつかブラジルへ帰りたい」「唯一の脱出口は空港」など厳しい現実を歌った歌詞が並ぶ。曲名は『Kaisao』(会社と棺桶=Caixaoをかけて)だ。
 アルバムの後の方になるに従い、日本の良い部分も感じ始めている様子も描かれるという。イシさんは「移住初期の文化ショックを描いた作品」と評した。
 「これはブラジル音楽じゃない。日本文化の一部なんです」とイシさん。日本各地でそう講演するが、「ポ語だからブラジル音楽じゃないか」と反論されることがよくあるという。
 でも、移民大国ブラジルからきた〃在日一世〃は「ブラジル人が日本の生活の中で作った曲。日本文化のサブカルチャーと言ってよい。メイド・イン・ジャパンです」とようしゃなく主張してやまない。
 確かにブラジルでは日本移民史はすでにブラジル近代史の一部を形成しているが、記録文学の代表作『移民の生活の歴史』(半田知雄、1970年)ですら、日語の間はコロニアで知られているだけだった。一九八七年にポ語訳が出版され、ようやくブラジル社会に注目されるようになった。
 やはり、言語の壁は厚いといわざるをえない。
 「天才’s MC’s」というブラジル人がリーダーをつとめる日本人との混合ヒップホップバンドに関しても「日本語が堪能で、ブラジル人が感じていることを、もっと日本人に分かりやすい形で訴えかける力のある新世代」と評した。
 他に、短いビデオ作品『ヒョジョンへ』も上映。作者は日系ブラジル人三世だが全編が韓国語で語られ、字幕が日本語という異色の作品。
 女子高生の松原ルマさんは、韓国の姉妹校に交流にいって、ホームステイ先の高校生ヒョジョンと友だちになったが、滞在中に自分が日系ブラジル人であることを告白できず、日本からビデオレター(自分からのメッセージをビデオに撮って、そのテープを手紙の代わりの送ること)でそれを謝りながら伝えようとする。
 最後に「実は日系ブラジル人三世なの。ルマは二カ月で日本にきた。日本人でもブラジル人でもない。ブラジル人と言いたいけど、そこまで自信ない」と独白するシーンもあり、在日子弟の自己認識の微妙さを旨く表現している。
 この作品は〇六年度に武蔵大学の白雉市民映像祭で最優秀作品賞を受賞した。
 この受賞は、日本人にも受け入れられる表現形態をとれば、その同化・馴化のプロセスをしっかりと受けとめる懐の深さが日本社会に芽生えてきていることを伺わせる。
(つづく、深沢正雪記者)



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