ニッケイ新聞 2007年9月6日付け
国連の推計では〇五年、世界には一億九〇〇〇万人の移民がいる。これは地球上の三%、三三人に一人に相当する。全体の五分の三が先進国への移住であり、デカセギはその一部と考えられる。国連開発計画(UNDP)の『人間報告書2004』によれば、トロントやロサンゼルス、ロンドンなどの都市は人口の四分の一以上が移民によって占められている。
心理科医の中川郷子さんは講演の最後に、「日本では総人口のわずか一%余りの外国人で、これだけの〃問題〃が起きている。今のままでは、多文化主義が根付くのは難しいだろう」と厳しい指摘をした。
果たしてそうだろうか。
在日コミュニティは時間と共に成熟度を増し、より日本社会になじんだ存在に変化していく兆しを見せている。その意識変化の有りようは、まず芸術表現という形で先鋭的に日本社会の一部に受け入れられ、いずれは、もっと一般化した表現手段で社会全体に認知されるようになるだろう。
イシさんが紹介した幾つかの「日本文化のサブカルチャー」は、その先突部分かもしれない。
そのような芸術表現をするのは、やはり在日二世や在日準二世(ブラジル生まれで幼少期に渡った日本で性格形成した世代)だろう。日本生まれは年間四〇〇〇人、準二世はそれ以上に多い。彼らがどう日本社会を理解し、どんな友人を持つかによって、その表現内容は大きく左右される。
宮ケ迫ナンシー理沙さんや松原ルマさんのような世代が在日準二世だ。宮ケ迫さんは「自分たちも日本市民として何かをしたい」と願っており、松原さんは芸術分野で表現している。
文化活動に限らず、社会活動、環境運動、国際交流など様々な分野で今後、これら世代が日本社会の中で台頭し、活躍が目立ってくれば、在日ブラジル人に対するイメージは徐々に変わっていき、いずれイシさんが主張するような「日本文化の一部」として認められていくに違いない。
大事なのは、この世代を無教育のまま放置しないことだ。日語でもポ語でもまともに教育さない世代が大量に生まれ、ブラジルにも戻れないことになれば困るのは日本だ。
デカセギ子弟がブラジル人である以上、ポ語で母語教育されるのが理想であることに異論はない。ただし、日本に約百校あるブラジル人学校の授業料はどれも高く、本国レベルの授業は難しく、ない地域すら多い。
ブラジル人といっても、青年以降に日本に行った層と、日本で生まれた在日二世や在日準二世層は同質ではない。前者はいずれブラジルに帰る可能性の方が高い層だが、後者は日本に定着する可能性の方が高い層だと推測される。
三三万人の三分の一から四分の一は日本に永住する可能性があるが、後者の層が家長となった家族が中心となるだろう。この層が、日本社会と在日コミュニティの中間層になるように養成する筋道を考える段階にきている。
中間層にするには、日本社会を深く理解してもらう必要があり、そのためには、日本全国にある公立学校が受け皿候補だ。これは、日本の教育の現場をしらないただの理想論かもしれない。しかし、敢えて議論の叩き台としたい。
教育現場の国際理解を充実させ、ブラジル人としての誇りとアイデンティティを守りながら、きちんと日本語で言語能力、論理思考能力をつける。その上で塾のような形で、ポ語やブラジル文化を学べる選択肢を用意するのが現実的ではないだろうか。宮ケ迫さんはその良例だ。
在日一世は生き抜くための仕事に追われ、コミュニティという存在に守られているために、満足な日本語をおぼえず日本文化にも慣れずに歳を取っていく可能性がある。
二〇年前から日本が受入れ国になった。今度は日本が、どのように移民を受け入れるのかを考える番のようだ。ブラジル日本移民の歴史は、ホスト国への統合プロセスを考える上での良い教科書ではないか。
(終わり、深沢正雪記者)
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