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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2007年11月14日付け

 NPO「現代座」理事長の木村快さんが、十七年前から調査していた長野県人・輪湖俊午郎の足跡を一冊にまとめた。題して『輪湖俊午郎の生涯』、有志に配布されている▼輪湖さんは、日本人のブラジル移住に深く関わった人である。出稼ぎを否定した移民の定着、自治による移住地建設、二世に対する教育を指導する一方、ブラ拓理事をつとめ、戦前移民の約七〇%、十三万人を国策で移民させる原動力になった人だ▼「移民の父」という敬意をこめた呼称が、何人かの著名人にあるが、輪湖さんも功績からいえば、そうだと思われる。しかし、実際には「父」といわれたことはない。それどころか、ブラジル日本人移民史から〃抹殺〃されている、というのが、木村さんの言い方である。なぜか。木村さんの輪湖研究はこの辺りから始まったとみられる▼輪湖さんは、一九二八年から六年間、ブラ拓理事の職にあったが、この時期の移住政策は、のちに(為政者によって)否定されたのである。ブラ拓の母体ともいうべき海外移住組合連合会が、時の軍部と結びつき、満州移住推進機関や軍需物資調達組織にかわったからだ、とされる。日本の近代史に「移住」がなく、教科書にも記載されない理由がここにある。つまり、歴史上都合の悪いことは、消されてしまったのだ。輪湖さんの業績も闇に葬られた▼木村さんは十七年間「できれば、無名の人々の聞き書きを残しておきたい」といい、実践した。今度の一冊はその結晶である。(神)