ニッケイ新聞 2008年1月19日付け
日伯関係は第三段階へ――。日本経済新聞、オ・エスタード紙、ブラジル日本商工会議所共催による「日伯経済シンポジウム(交流百年、次の百年を見すえて)」が十六日午前、サンパウロ市内ルネッサンス・ホテルで行われ、約五百人が聞き入った。両国経済関係の再活性化の方向性に関して元閣僚クラスや専門家が熱弁をふるっただけでなく、中銀総裁まで出席するなど熱気あふれるシンポとなった。
まず日本経済新聞の和田昌親常務、続いてエスタード紙の有名コラムニスト、セルソ・ミンギ氏が「資源のない日本の最大の財産は人材に他ならない。だから最大の対伯投資はお金ではなく、移民とその文化だった」と主催者を代表してあいさつした。
小泉純一郎内閣の政策参謀もつとめた経済評論家、田中直毅氏の基調講演では、ブラジルも二十一世紀の世界情勢にあわせてインフラ整備を進める必要があると訴えた。日本が世界に誇る生産技術を活かして、新しいブラジルの動向と組み合わせて、地域に密着した生産体制を作って雇用を創出することで、世界の要望をより満たす新しい仕組みができると力強く提言した。
ジョセ・デ・フレイタス・マスカレーニャス全国工業連盟(CNI)副会長は「日本にとってブラジルは、南米大陸や欧州に展開するための拠点になれる」と講演した。
続いて、両国の経済人による六人によるパネルディスカッション。最初は槍田松瑩(うつだしょうえい)三井物産社長が自社の世界戦略におけるブラジルの重要性を説明。ヴァーレ社に八億ドルの間接投資、ペトロブラスとインフラ案件のファイナンスパートナーとして累計七十三億ドル、事業パートナーとして七州でのガス配給事業で二億五千万ドルをすでに投資してきたグローバルビジネスの具体例を説明した。
司会の原田勝広日経新聞編集委員から「BRICsの中の位置づけは」と質問され、「他の国に比べ成長率が低いとの意見があるが、ブラジルの特徴は百四十万人の日系人がおり、人的な絆がしっかりしている点が異なる。成果が出るまでに時間がかかるかも知れないが、動き出せば大きな成果がでる」と答えた。
ルイス・フェルナンド・フルラン前商工大臣は、ブラジル企業が外国に二百十億ドルも投資したことをあげてブラジル経済の変化を強調し、二十年のうちにG7、G10の正式メンバーに入る可能性を示唆し、「日本企業の大半はそれをまだ認知していない」と語った。
ロベルト・ロドリゲス元農務大臣は「両国が協力してバイオ燃料の原料生産や製造技術をアフリカ諸国に移転して、世界での安定供給を保証することが必要であり、そこに大きなビジネスチャンスがある」と提言した。
日本貿易振興機構(JETRO)の伊沢正副理事長は、日本は世界一の省エネ技術があり、この面でもっとブラジルに貢献できるとアピール。堀坂浩太郎上智大学教授は、移住・通商を第一段階、戦後の日本企業進出を第二段階と位置づけ、「日伯関係はすでに第三ステージに入った」とした。
またサンパウロ州工業連盟(FIESP)のロベルト・ジアネチ・ダ・フォンセッカ理事は、八〇年には日本はブラジル輸出総額の八%、ブラジルは日本輸出総額の〇・九%を占めたが、〇六年には二・七九%、〇・四七%と低下していると指摘し、再活性化の一端として「エタノール生産過程ででる搾りかすを燃やして発電する技術は、日本の協力があれば大変な有効利用になる」とのアイデアを披露した。
同連盟は今年を「日本優先年」としており、四月にアルベルト・ゴールドマンサンパウロ州副知事を団長とする二百人の経済使節団を訪日させる準備を進めている。
ブラジル側の「失われた十年間」だった八〇年代、日本のバブル崩壊の十年間を超え、二十年ぶりに両国関係は再活性化への道をたどり始めたことがそれぞれの専門家から例証された。
最後に、ブラジル中銀のヘンリッケ・メイレーレス総裁が登場し、ブラジル経済が持続的な発展段階にあり、二国間の経済振興の重要さを訴えた。講堂に入りきれない約七十人が会場外に設置されたが大型液晶テレビでみるなど高い注目を集めた。