ニッケイ新聞 2008年4月4日付け
「言葉としての日本語は通じているのに、こちらが伝えたいと思っている真意が理解されていない」
母語話者でない二世、三世などと日本語で話していて、そんなもどかしさを感じた経験のある人は多い。
相手が日本語を理解すると思った時、同時に、その背景にある「日本的な思考パターン」も理解されていると考えやすい。相手の顔が日本人と同じ純血日系人であれば、なおさらだ。
ところが、第二言語としての日本語を話す人の場合、その人が持っている価値観や文化は実は第一言語に属している。つまり、ポ語で母語形成してブラジル式の思考パターンを習得している二世が、日本語を後から覚えた場合、ブラジル人としての世界観がまず頭の中にある。
日本語というコミュニケーション手段を使っているが、判断・認識しているのはブラジル人としての思考パターンをもつ頭脳だ。
日本語特有のニュアンスや暗黙の了解、いわなくても通じると思っている以心伝心の部分は、実は相手が日本的な思考パターンを持っている場合にしか通用しない。
だから、情報としての日本語は通じても、そこに込められた真意は伝わっていない。
例えば、「あなたは十日までに百レアルを山田さんに払わなきゃいけない」と相手に言った時、相手が日本的な思考パターンを持っていれば期日以前に払うことを前提とするが、他の思考パターンなら時間を守ることは重要なことだと認識されないことがある。それどころか、自分から約束通りに払う必要はない、相手が催促してきてから考えればいい、という思考パターンの場合もある。
つまり、これはボキャブラリーや文法などの言語能力の問題ではなく、言葉を認識する思考パターン、世界観などが異なるという問題だ。
逆もまた真なり、だ。
ポ語で母語形成した二世らが日本語でしゃべっている内容は、ブラジル的な思考回路で理解することを前提としている。日本語で表現されているが、まるでポ語を理解するように聞く必要がある。「一世の日本語」としてその会話を認識すると、現実のニュアンスとズレが生じる。
例えば「次回の練習は水曜の午後六時から」といった場合、ブラジル的な思考回路からすれば「ああ、午後六時半に着けば充分だな」と理解した場合もあるだろうが、日本式では「六時十分前に着いて準備万端にしておかなきゃ」と考えることがある。
同じ情報を聞いても理解の仕方が違う。ブラジルに長いこと住んでいる移民は、自然に両方の思考パターンに慣れて使い分けるが、新来者はズレを生じやすい。
この思考パターンの違いは、生まれ育った生活環境という「文化」や「育ち」に他ならない。ブラジルで育ったもの、移住してから長い年月を当地で過ごしたものは、多少なりとも感覚が現地化する。同じ日本人同志であっても、長年住んでいる移住者と、日本の日本人とではズレる。
日本人といえどもブラジルで生まれ育てば、当地の影響を受ける。かつては「外地生まれ」という言葉が普通に使われ、「満州生まれ」の人は多い。当地の場合は「ブラジル生まれ」だろうか。事実、沖縄には「ブラジル生まれ」「ペルー生まれ」で帰郷した日本人が、今もかなり住んでいるという。
現在の日本のようにメディアが発達して、国民がみな同じようなニュースに日々接している場合、海外在住者でそのニュースを見ていない人は、日本語の同じ言葉を聞いても同じニュアンスで感じとることができなくなる。その積み重ねで、だんだんとズレが大きくなる。
日本語は通じるが思考パターンが異なる。これは、言語文化圏として考えると分かりやすい。
例えば、スペイン語をしゃべっている人が、みなスペイン人だとは誰も思わない。南米にはアルゼンチン、ペルー、パラグアイなど「スペイン語文化圏」の国々があり、その影響下の地域は広い。しゃべる言葉はスペイン語でも、彼らの持つ思考パターンや常識は、その国独自の文化背景に依存している。
それを日本語で考えた場合が「日本語文化圏」となる。おそらくブラジルは、一世とバイリンガル二世を核とする、世界最大の「日本語文化圏」人口を有する国だろう。
(つづく、深沢正雪記者)
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