ニッケイ新聞 2008年4月8日付け
晩夏から初秋のナス(茄子)はうまい。茄子を金網で焙ったやつを、「熱(ア)ッッ…」なぞといいながら冷水に漬けては、皮を剥いている曾祖母。その傍らで、焼茄子へかける鰹節(オカカ)を削っている曾孫の私。これは、梅按や鬼の平蔵を世に送った池波正太郎の「昔の味」にある文だが、浅葱色の肌にショウガの擂り下ろしと酒をちょっぴり混ぜた醤油をかけるときの心のどよめき▼茄子紺の皮が柔らかいものは、薄く切って塩を振り揉んだのがいい。シソの葉やショウガを千切りにしたを加えると秋の味が口中に広がりいやがうえにも舌に染みる。宮城県の仙台には「長なすの漬物」という名物があり、この美味なること天下一品。伊達藩の江戸から今に伝わるもので漬け方はお嫁さんの大切な「秘密」だそうな▼「秋茄子嫁に食わすな」の俚諺があるように今ごろのナスは、香りもよく十分に味覚を楽しませてくれる。この諺は鎌倉時代の本にある「秋茄子はささ(酒)の粕に漬け混ぜて、嫁にはくれじ棚に置くとも」からの転用らしく、姑の嫁いびりとされる。だがさて―この解釈でいいものかどうか?である▼「茄子は子宮を痛める」や「茄子は胃腸を冷やし、秋に至りて甚だし」の古文書もあるそうだし、ここはまあ―口角泡を飛ばす論議はやめ酒で満たした盃を傾けながら秋の旨みを静かに楽しみたい。フライパンに油を引きナスの薄切りを焼いた「しぎ焼き」を甘味噌で口にするのもなかなかだし、細長く切ったのをゴマ油で軽く炒め味噌汁に放すと宿酔を防ぐのだと耳にもした。と―秋茄子はいいこと尽くめなのである。 (遯)