百年の知恵＝移民と「日本精神」＝遠隔地ナショナリズム＝第８回　勝ち組民衆の声はいずこ＝日本とは異なる戦争経験

ニッケイ新聞　２００８年７月３０日付け

　あえて「自分のオヤジは臣道連盟だった」と公言するのは、中野文雄さん（８６、福岡県出身）＝サンパウロ市在住＝だ。「そのおかげでオヤジはある時期、自宅にいるよりカデイア（刑務所）にいる方が長いくらいだった」と振り返る。
　「あんなに大騒ぎになったのは、日本人が日本人を侮辱した挑発的な行動をとったのが最大の原因。反発する若者がいたのは当然のこと」とし、当時、警察権力と結びついて駅周辺を〃パトロール〃していた認識派による自警団の存在を挙げる。
　「特行隊は臣道連盟の組織ではないと思う。うちのオヤジはテロに反対し、監獄に囚われていた勝ち組同胞救済に尽くしていた。臣道連盟は皇室を中心として栄えようという精神修養を目的とした団体だった」との考えをのべた。
　負け組側は、特行隊という特別な存在を「＝臣道連盟、勝ち組」という風に拡大解釈し、その認識を正史として一般化させることで、結果的に、勝ち組民衆の声を抑圧してきたという考え方だ。
　大多数を占めたはずの勝ち組の声は戦後、文協を中心とする権威筋が〃認識派史観〃を編纂することで歴史から抹消されてきたのかもしれない。
　北原徳美さん（８２、愛媛県出身）＝サンパウロ市＝もまた「自分は臣道連盟会員ではなかったが勝ち組だった」という。「当時、コロニアの八割は勝ち組でした。臣道連盟といったって日本の臣道実践をブラジルでやろうという団体」との認識だ。
　勝ち負け紛争と移民のアイデンティティ形成に関し、パウリスタ新聞社の『コロニア五十年の歩み』（五八年）は、こう総括する。
　「戦時・戦後の経験は、ブラジルの日系人が同じ運命につながっていることを教えた。それは同じ移民と言っても、日本帝国の銃剣に護られて、満支の、南方の経営を唱えた人達の運命とは縁の薄いものであり、それは『皇道』の美名の下に、南方の『現地民』の宣撫にあたった選民ニッポン人には味わえない体験の数々であった」
　このような集団としての特異な経験が、日本とは異なるコロニア独自の共通心理として深く心に染みこんでいった。
　戦後初の正史『七十年史』は「カチ・マケ騒動の夢からさめて周囲を見回したとき、年と共に老いゆく一世移民が見いだした道はブラジルへの定住以外になかった」とし、「かつて在留民とよばれ、自らも在伯同胞、在伯邦人社会と呼んでいた移民たちは、このよび方に違和感をもち、代わって、日系コロニア、日系人という用語を慣用するようになった。まさにアイデンティティの変化である」（百一頁）と結論付けた。
　『コロニア五十年の歩み』でも、「戦時・戦中の空白時代というけれども、実は空白どころか、コロニアの最も充実した成長期であり、人間形成期であったのではないか。戦争のトンネルをぬけて、再び晴天が訪れたとき、ブラジルの日系人はもうかつての『在留民』でもなく、『ブラジルの本邦人』でもなかった。われわれはコロニアとしての成長をとげていた」（四頁）という前向きにとらえる視点を提示し、歴史の汚点ではなく、むしろ成長の糧であったと論じた。
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　このような形のアイデンティティの葛藤は日本国内にはなかった。
　移民初期から国際的な環境で日本人としてのアイデンティティを固めていった日本移民は、このような戦時・戦後の独特の経験を通して、直接に戦争を体験した日本の日本人とは異なる近代を生き延び、それらの積み重ねから別の集団アイデンティティを形成した。
　これは戦前の思想を色濃く残しながらも、ブラジルに根を張った、国籍を超えた日本民族（エスニック）としての思想傾向であることが特徴だ。これは時を越え、伏流水のように思わぬところから吹き出している。（続く、深沢正雪記者）



百年の知恵＝移民と「日本精神」＝遠隔地ナショナリズム＝第１回「日本人」という自覚＝強かった村への帰属意識
百年の知恵＝移民と「日本精神」＝遠隔地ナショナリズム＝第２回「ジャポネース」とは＝最初から外向きに形成
百年の知恵＝移民と「日本精神」＝遠隔地ナショナリズム＝第３回愛国補償心理と愛情確認＝国民とは想像の政治共同体
百年の知恵＝移民と「日本精神」＝遠隔地ナショナリズム＝第４回現実を超えた「想像」＝勝ち負けの心理的背景
百年の知恵＝移民と「日本精神」＝遠隔地ナショナリズム＝第５回「共同体」は極楽浄土＝極限心理が求めた救い
百年の知恵＝移民と「日本精神」＝遠隔地ナショナリズム＝第６回裏切られた自尊心＝理解されない移民の心情
百年の知恵＝移民と「日本精神」＝遠隔地ナショナリズム＝第７回作られるコロニア正史＝「勝ち組＝テロ」は本当か