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百年の知恵=移民と「日本精神」=遠隔地ナショナリズム=第15回 ブラジル日本会議が発足=国境越えて想いを共有

ニッケイ新聞 2008年8月9日付け

 NHKが発端で、こんな〃事件〃も起きた。
 〇五年六月、中国全土で反日デモが連日行われ、小泉首相の靖国神社参拝に対する批判が相次いでいた。同年六月七日付けニッケイ新聞にでた「中国政府に抗議へ=日系人が集会予定=東洋人街で十一日」という小さな記事が異例の反響を呼んだ。
 ことの発端は、NHKで中国での反日デモの様子をみたバイリンガル二世男性(六十代後半)と同年代の戦後移民男性が憤慨し、「中国政府に対して平和的抗議集会を開こう」と意気投合、その足で来社したことだ。
 その二世男性は行進とか、中国総領事館に抗議活動という意図はなく、「プラカードを手に持って立っているだけだったらいいだろう」と思って呼びかけた。
 取材記者との会話で、「ブラジルはパレスチナ人とユダヤ人も平和に共存する国。ここに民族問題を持ち込んでは行けない」と語っており、十分に理性的な人物だった。
 だが、在聖中国総領事館は、リベルダーデの中国系商店主を集めて緊急対策会議まで行ったという。折しもカナダの中国総領事館に抗議運動という報道があり、「不穏な空気の連鎖か」と思ったのかも知れない。
 このような臨場感のある反応は、グローバル化なしには考えられない。
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 「遠隔地ナショナリズム」に関して、次のような例もある。サンパウロ市在住の村崎道徳さん(二世)がブラジルで自費出版した『血胤の声を聞け』(〇二年、日毎叢書企画出版)という著作は、日本に向けた投稿文や邦字紙に掲載された文章をまとめて自費刊行したもので、「あるべき日本の姿」への熱い想いのたけが書き連ねられている。
 一九三一年にサンパウロ州ミランドーポリス郡に生まれた村崎さんは、コロニアで生まれ育ち、日本語で母語教育をうけた。教育熱心だった母親の薫陶をうけて幼少から教育勅語を習い、「日本精神」をつよく持つようになった。二世として純粋に日本に憧れ、見たこともない日本への〃ノスタルジー(郷愁)〃に似た想念を募らせていた。
 注目すべきは、村崎さんはデカセギ現象にのって九一年から七年間も日本に滞在し、親から教えられてきた〃古き良き祖国〃の姿と、現実の相違を痛感している点だ。当時を「がっかりした」と振り返る。つまり「想像の共同体」が存在しないものであることを知ってしまった。
 そんな時に偶然、作曲家の黛敏朗氏の講演会を聞き、「日本を思う真心にうたれた」。同じ志を持つ人たちがいることにも気付き、国会議員百人が参加する日本を代表する保守系団体の一つ、日本会議の会員になった。
 帰伯後、発起人の一人としてブラジル支部発足に奔走し、九九年には「日本精神」を共有するバイリンガル二世エリート層を巻き込んで設立された。天皇誕生日祝賀会を主催する他、皇居清掃団を隔年派遣するなどの活動を続けている。
 〃あるべき祖国〃は喪失したが、国境を越えてナショナリズム傾向を共有できるネットワークが構築された。デカセギ現象があったから生まれたグローバル時代の副産物かもしれない。
 村崎さんは著書の中で、「多民族国家ブラジルに生まれ、欧米白人の中で育ち、否応無しに生きるための国際人の感覚を身につけさせて頂きました」(百六十八頁)と、日系人ならではの国際的な出自を自認する。
 その立場から『正論』、『戦友連』(全国戦友会連合会)、『産経新聞』などの右派媒体の読者欄に投稿し、それに対して同調するような日本在住者の声を読むことで、自身の信念の正しさを確認してきた。
 彼の活動は、日本に直接働きかけているという意味で、本来の遠隔地ナショナリズム傾向を示している。
 興味深いことに、前述の抗議集会の開催が呼びかけられた時、ブラジル日本会議は「お世話になっているブラジルで政治活動を行ってはいけない」と中止を主催者に申し入れ、説得する側に回った。結局、集会は行われなかった。
 やはり、ブラジルにおける「日系ナショナリズム」は、森教授のいう「エスニックとしてのナショナリズム」なのだろう。
(続く、深沢正雪記者)



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