ニッケイ新聞 2008年8月15日付け
日本の日本人が持つ「日本人」イメージとポ語「ジャポネース」の意味が異なることから、デカセギ日系人は両側から押し出されるようにして、本国のブラジル人よりもブラジル人性の強い「ブラジル精神」を形成しつつある状況を説明した。
それを端的に表現するコメントとして、日系人がデカセギ体験を通して気付いたこととして、「ブラジルではジャポネースといわれたのに、日本では外人として扱われ、ブラジル人としてのアイデンティティを強めた」というものが日伯のメディアを問わず、定番のように使われている。
これに対し、非日系ブラジル人研究者が記した印象を紹介したい。
九八年にサンパウロ州立カンピーナス大学で行われた第十一回国民研究全伯学会(ABEP)で、在日ブラジル人のアイデンティティについての研究発表があり、アドリアーナ・カプアーノ・オリベイラさんは「ブラジルのジャポネースなのか、日本のブラジレイロなのか。移住という文脈の中でのアイデンティティの軌跡」という論文で次のような分析をした。
日系人はブラジルでは「ジャポネース」であると自己規定するが、日本では「ブラジレイロ」として振る舞うなど二つのパーソナリティを使い分ける点に注目し、次のような少々皮肉な表現でまとめている。
「日本では今日、まさに我々の文化など様々な局面を紹介する真性のブラジル・コロニアが存在する。我々の料理、混血性、言語、ブラジル人性など。皮肉なまでに興味深いのは、日本においてこのブラジルを背負っているのはデカセギたち、いいかえれば〃ジャポネース〃たちだという点だ。おそらく今日、これほど強力にブラジル文化の普及が行われている場所は、世界中さがしてもないだろう。まさに我々の〃コロニア〃が〃我がジャポネースたち〃によって支えられている。〃我々のブラジル人〃たちといった方が適当だろうか。(中略)日本での単純労働を通して、お金以上にたくさんの何かをブラジルにもたらしている。ブラジルに実践的な知見をもたらすだけでなく、同質的な手本たる社会に日本人の顔をした彼らが、まるごとのブラジルをもっていっている」
この一文の行間から読みとれることは、ブラジル人一般からすると「ジャポネース」というエスニックが主体になったグループが、「ブラジレイロ」を代表して外国で振る舞うことに違和感がある、ということだ。
しかも、ブラジル人が想像する「ジャポネースの祖国」であるはずの日本で、「ブラジレイロ」として振る舞っている。美辞麗句をちりばめているが、そんなニュアンスが強くにじみ出ている。
◎ ◎
皮肉な現象であれ、必然があったから今の状態が生まれている。
このように日本国内のコミュニティで「ブラジル精神」が高揚し、「ジャポネース」が日本でサンバをやっているのは、歴史的に見ると興味深い。
というのも、サンバという「国民音楽」もまた、ブラジル政府が国家形成期の要となるナショナル・アイデンティティとして選んだ「公定ナショナリズム」に他ならないからだ。
戦前戦中のゼッツリオ・バルガス大統領のナショナリズム政策は、日本移民に同化政策を強いた一方で、リオの「一地方音楽」だったサンバを「国民音楽」として選び、「ブラジルを代表する文化」に定め、普及・振興に尽くした。欧州文化とは違う、ブラジル独自の文化性を代表する存在として選ばれた音楽だ。
いわば、同化政策とブラジル独自の文化振興は、ブラジルナショナリズム政策という同じコインの裏表だった。
バルガスのナショナリズム政策の一端が、半世紀以上たってから地球の反対側で完結するというのは、グローバル時代にふさわしい壮大なサイクルだ。
(続く、深沢正雪記者)
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