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百年の知恵=移民と「日本精神」=遠隔地ナショナリズム=第21回 血統重視の「日本人」=国籍と一致しない自己認識

ニッケイ新聞 2008年8月21日付け

 一般に「日本国民」と「日本人」は同意義だと了解されているようだが、実は完全に同じではない。法的に規定されているのは「日本国民」という単語であり「日本人」ではないという。
 国籍を誰に与えるのかという決め事を明文化したのが国籍法であり、そこには国家形成の歴史背景や、時の移民政策や同化政策との関連が反映されている。国家という上の立場から決めたものが「国民」であり、実はそこには血統や言語の規定はない。
 むしろ「日本人」の方に生活感覚に基づいた、国民自身の実際のイメージが反映されている。
 言いかえれば、国籍があれば「日本国民」として認められるが、「日本人」は「日本人の顔」をしており「日本語をしゃべる」という条件が付加され、微妙にズレた使い方をされている。
 そのズレの狭間にいるのが帰化人だ。戦後移民で会社経営者や土地所有者には帰化人が多い。国籍上は「日本国民」ではなく「ブラジル国民」だが、血統的、心情的には「日本人」といってなんら差し障りない存在だ。
 かと思えば、日本国籍があっても血統が違うとこんな声も出る。聖教新聞〇三年五月十三日付けには「教育基本法案や指導要領においては、誰が『日本人』なのかが十分に検討されていない。例えば、在日朝鮮・韓国人や南米からの日系移民はどうなのか。九九年、国税庁の広報に登場したラモス瑠偉は日本国籍だが、血統的には日本人ではないから、どうなのか。広告では、自分のように善良な日本国民はその義務である税金を期限内に全納するようにと呼びかけていた」という記述がある。
 日本に帰化したブラジル人ラモスは、サッカー日本代表の司令塔にまでなり、「日本国民」としての役割を人並み以上に果たしたはずだが、この一文からは血統的な面から、すんなり「日本人」とは認めがたい何かがあるように読める。
 ここから分かるのは「日本国民」という言葉は国籍を重視しており、「日本人」はそれよりも血統に重きを置いているニュアンスがある点だ。
 フリー百科事典『ウィキペディア』の「日本人」項目には以下の一文がある。《「日本民族」というような認識(アイデンティティ)が多数者に浸透していくのは明治時代(近代国民国家の成立期)ともいわれる(小熊英二『日本単一民族神話の起源』『「日本人」の境界』)》。
 つまり「日本人」という認識が一般化された明治時代には、国境を越えて「日本人」として生きる移民の存在を想定していなかったのだろう。
 しかし、出生地主義のブラジルに移住して来た移民にとって「日本人」は欠かせない言葉だった。親と異なる国籍を持つ子供をふくんだ移住者家庭において、民族アイデンティティを表現する重要な言葉だった。
 国籍を超えた意味での「日本人」が移民の家庭で使われ、それがポ語の「ジャポネース」に反映され、いつの間にか日本の日本人が持つ「日本人」イメージとのズレが広まった可能性がある。
 このように移住社会という人種や文化の遷移状態において、日系に限らず、移民子孫の国籍と自己認識が一致しないことがよくある。
 家庭内でどんな世界観が、何語によって語られていたかという、人格と母語を形成した場(=家庭環境)こそがアイデンティティの鍵だ。家庭内の言語・文化と、家庭外のそれが異なる二重文化環境から、自然に貴重なバイリンガル世代が育っていく。
 ただし、幼少時の家庭内の生活言語が日本語でも、一般社会との関係が深くなる高校以降、ポ語中心の大学時代、社会人生活を経て日本語を忘れた人もたくさんいる。人格形成期の途中で言語を切りかえ、日本語を忘れた世代でも「三つ子の魂百までも」よろしく、両親の愛情が込められた日本語の家庭環境の影響は人生を通して残る。
 そうして現在、生活言語はポ語でも、人格的には「日本人」的な二世、三世が生まれてきたのだろう。
(続く、深沢正雪記者)



第1回 「日本人」という自覚=強かった村への帰属意識
第2回 「ジャポネース」とは=最初から外向きに形成
第3回 愛国補償心理と愛情確認=国民とは想像の政治共同体
第4回 現実を超えた「想像」=勝ち負けの心理的背景
第5回 「共同体」は極楽浄土=極限心理が求めた救い
第6回 裏切られた自尊心=理解されない移民の心情
第7回 作られるコロニア正史=「勝ち組=テロ」は本当か
第8回 勝ち組民衆の声はいずこ=日本とは異なる戦争経
第9回 七生報国説く2世軍人=純粋な日本民族解釈
第10回 エスニック「日系民族」=継承と統合の均衡へ
第11回 移民船という通過儀礼=NHKテレビ放送の衝撃
第12回 エスニックメディアNHK=通信の発達が創り出す「郷愁」
第13回 NHK視聴者は2世中心=新「共同体」の創造へ
第14回 日系の祖国は「日本」?=回帰する高齢2世層
第15回 ブラジル日本会議が発足=国境越えて想いを共有
第16回 デカセギで〃故郷〃喪失=「ブラジルの日本人」
第17回 ジャポネースと日本人=日本生まれの「ブラジル精神」
第18回 ジャポネースがサンバ=〃祖国〃で完結する同化
第19回 相対的に形成される認識=「二世、三世、ジャ・セイ!」
第20回 「生まれる」と「なる」=アイデンティティの選択