ニッケイ新聞 2008年8月22日付け
一九八六年に名人大会が開催されて以来、二十二年ぶりにカンピーナスで本格的な浪曲大会が十日に開催された。移民百周年を記念した「全伯浪曲演劇祭り」がカンピーナス日伯文化協会で行われ、約三百人が約十人の浪曲師ののどに聞きいり、演劇に泣き笑いして楽しい一日を過ごした。
開会式の最初に一分間の黙祷を先亡者に捧げた後、大会委員長の樋口四郎(月若)さんは「浪花節なんかもう時代遅れの代物と反対する声もありましたが、その一方で愛好者たちからは熱烈な支持や協力があったのでなんとか実行できました」と語り、真っ先に支持してくれたカンピーナスの明治会、金銭面で支援してくれたグランジャ・サトシなどに感謝を表明した。花田忠義同文協会長も「最後までゆっくり楽しんで」と呼びかけた。
ニッケイ新聞の取材に対し、コロニア浪曲界の重鎮、宮原円州さんも「浪曲全盛期の八〇年代前半、全伯に浪曲師が六十人はおり、名人だけでも十七人いた」と懐かしそうに振り返った。
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朝一番の蓮田聖一さんの「みそ汁の唄」を皮切りに、次々に歌謡と演劇、浪曲が披露された。中でもロンドリーナの蓮田劇団による劇「新天地を求めてブラジルへ」は好評を博した。笠戸丸の神戸港からの出航風景を劇で再現、舞台から紙テープを沢山客席に向かって投げ、臨場感たっぷりだった。
八十五歳、宮原円州名人は杖を頼りに歩きながら舞台に上ったが、演台で構えた途端、きりっとひきしまった表情になり、いぶし銀のノドを披露し、往時そのままの語り口で「天狗行状記」を聞かせ、聴衆を唸らせた。
喜劇「バカ息子の嫁探し」などではブラジルならではの軽妙な大富豪の娘役なども登場し、会場を沸かせた。木村照子さんの浪曲「おしん」では、川を下って材木問屋に奉公へやらされるシーンで、臨場感溢れる熱演をした。
樋口月若さんの浪曲「松坂城の月」が始まると「待ってました!」と会場から声があがり、殿様を投げ飛ばした家来が逐電するシーンなどで何度も拍手が起きた。
観客席にいた小林良俊さん(85、群馬県)=カンピーナス在住=は「浪曲大会を心待ちにしていた。もっともっと発展してほしい」とエールを送った。また、同文協元会長の中野吾一さん(91、福岡県)=同=も「久しぶりの浪花節はやっぱり良い」と堪能した様子だった。
数少ない名人の一人、ロンドリーナからきた中川芳月さんも熟練の口演を見せ、「みんな喜んでくれて良かった」と感想を語った。ロンドリーナでは毎年浪曲祭りを開催し、今年十二回目になるという。
祭りの間に、後藤留吉さん(百歳)ら八十六歳以上の先駆者ら二十六人にプレゼントが手渡された。大任を果たした樋口四郎(月若)さんは「やっと肩の荷が降りた」とほっとした表情を見せた。今大会は樋口さんを浪曲の道に誘った今野吉郎名人(〇〇年没)の追悼の意味も込められており、「先駆者に謝恩の気持ちでやりました」と語った。