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百年の知恵=移民と「日本精神」=遠隔地ナショナリズム=第22回 国民の権利を求める移民=問い直される選挙の意義

ニッケイ新聞 2008年8月22日付け

 「日本国民」たる最大の根拠である国籍だが、日系人には数万人もの二重国籍者がいる。そのため、日本以外で〃世界最大の票田〃といわれる在聖総領事館で在外選挙を取材した折、不思議な「日本国民」に遭遇することがある。
 日本国籍を持っているから投票にはきたが、実は当地生まれでブラジル籍もあって大統領選挙に投票し、兵役にも服した日系男性がいた。このような二重国籍者は文句なしに「日本国民」だが、「ブラジル国民」としても申し分ない。
 日本語の読み書きができない二重国籍者や、ほとんど日本のことを覚えていない幼少移民の場合、在外投票に参加するのは「日本国民」であることを確認したい心理が働いている。投票権を行使することはアイデンティティを確認するための「儀式」でもある。
 思えば移民は「日本人」でありながら、ながらく「日本国民」として扱われてこない存在だった。日本国内からは、日本国民固有の権利は外国移住で喪失した、と見なされてきた。国政選挙に参加できなかったのは、その最たる例だった。
 前出のアンダーソンは、南米の新興諸国家(旧植民地)で生まれ育った人々はクレオールと呼ばれ、本国出身の人々に対し低い立場におかれていたと論じる。
 昇進の機会は植民地内部に限られ、けっして本国の役人にまで出世することはない。本国人は植民地の新聞は読まないが、クレオールは本国の新聞も読むという。
 植民地ではないが、似たような状況は、本国と在外移住社会には現在も続いている。例えば、日本進出企業にブラジルで現地採用された社員が日本の本社役員まで昇進することも、日系社会の出来事が日本のメディアに扱われることも稀であり、片想い的な状況がずっと続いている。
 戦前の日本移民は日本政府の打ち出した「公式ナショナリズム」を受け入れて日本精神を高揚させ、「日本民族」としてのアイデンティティを植え付けられた。ところが「国民」としての権利は与えられず、単なる血族としての「日本人」の扱いだった。
 グローバル化が一気に進展した九〇年代、日本移民は「日本人」としての自己認識を強めるに飽き足らず、「想像の共同体」の一員たる「国民」の権利を要求するまでになった。
 その結果、日本政府に対する「国民」としての平等な権利を求める訴訟(在外選挙権、ドミニカ補償問題、在外被爆者訴訟など)が次々に起こされるようになり、移民は「日本国民」としての権利を勝ち取るようになってきた。
 これは、移住先国内のエスニックとしての「日本人」の存在に飽き足らず、本国の「日本人」イメージを修正させる行為であり、本国はそれを認めつつある。「国民」が示す内容は、時代の情勢にあわせて常に再解釈され続けている。
 移民という立場から国籍を考えると、確固たる制度ではないようにみえる。英米など欧州諸国は二重国籍を容認しており、むしろ「国籍では明確に国民を区別することはできない」ことがグローバル基準だろうとすら思える。
 イタリアは在外コミュニティに被選挙権を与え、在外のままで国会議員選挙に立候補できる枠を与えた。被選挙権は国民としての権利の最たるものだ。ブラジルもまた同様の制度を検討している。この流れから読み解くと、〇四年にパラグアイ在住の高倉道男氏が日本の参院選挙に自民党公認で出馬(便宜的に日本国内に住所を置いた)したことは、移民にとっての「日本国民」の限界を問う行為でもあった。
 国籍制度は国家の根幹に関わるものだが、ゆらぎがある。それが国境を越えた日系社会に集中し、「境界線上の日本国民」や「日本人的存在」として現れている。
 グローバル時代において、国籍という制度は完璧ではない。実体としての「日本人」を救いきれない部分がある。移民社会において、国籍だけで相手を判断すると、大事な心を見失ってしまう可能性がないだろうか。
(続く、深沢正雪記者)



第1回 「日本人」という自覚=強かった村への帰属意識
第2回 「ジャポネース」とは=最初から外向きに形成
第3回 愛国補償心理と愛情確認=国民とは想像の政治共同体
第4回 現実を超えた「想像」=勝ち負けの心理的背景
第5回 「共同体」は極楽浄土=極限心理が求めた救い
第6回 裏切られた自尊心=理解されない移民の心情
第7回 作られるコロニア正史=「勝ち組=テロ」は本当か
第8回 勝ち組民衆の声はいずこ=日本とは異なる戦争経
第9回 七生報国説く2世軍人=純粋な日本民族解釈
第10回 エスニック「日系民族」=継承と統合の均衡へ
第11回 移民船という通過儀礼=NHKテレビ放送の衝撃
第12回 エスニックメディアNHK=通信の発達が創り出す「郷愁」
第13回 NHK視聴者は2世中心=新「共同体」の創造へ
第14回 日系の祖国は「日本」?=回帰する高齢2世層
第15回 ブラジル日本会議が発足=国境越えて想いを共有
第16回 デカセギで〃故郷〃喪失=「ブラジルの日本人」
第17回 ジャポネースと日本人=日本生まれの「ブラジル精神」
第18回 ジャポネースがサンバ=〃祖国〃で完結する同化
第19回 相対的に形成される認識=「二世、三世、ジャ・セイ!」
第20回 「生まれる」と「なる」=アイデンティティの選択
第21回 血統重視の「日本人」=国籍と一致しない自己認識