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百年の知恵=移民と「日本精神」=遠隔地ナショナリズム=第23回 昔コーヒー園、今は工場=「身」も「心」も変わる日本

ニッケイ新聞 2008年8月26日付け

 「日本人」という言葉には血統重視のニュアンスがあると前節で説明したが、その日本社会自体が変わってきた。
 先日の厚生労働省の統計調査で、日本で生まれた赤ちゃんの三十人に一人が混血であると発表された。国際結婚は東京都区部や大阪、名古屋両市では、十組に一組にもなる。ブラジルの日系社会同様、純血の日本人は日本国内ですら減ってきている。その一端は次々にデビューする混血芸能人にも現れている。
 と同時に「国籍、血統ともに外国でも頭の中は日本人」という日本で生まれ育った外国人子弟も増えている。以前あった例では、自分の母親が日系人と再婚した非日系人が、両親と一緒にデカセギに行き、日本で人格形成したケースがあった。顔を見ればまったくの非日系だが「頭の中はほぼ日本人」といって差し支えない状態だった。
 かつては外国人が多いと言えば国際的な大都市だったが、現在では地方都市こそが外国人集住地だ。人口の一〇%が外国人という自治体が幾つも現れ、集住の激しい区にいけば住人の半分は外国人という場所まである。
 昼間は日本人労働者の方が多くても、残業時間になれば外国人ばかりの工場は、北関東や中部地方の工場にいけば、いくらでもみつかる。
 かつて、コーヒー園の労働力不足からブラジルに導入された日本移民だったが、その子孫が先兵となって日本に外国環境を持ち込んでいる。
 そのような集住地では、外国人児童生徒がいない学校を探すのが難しく、場合によっては半分近くが外国人という場合まである。そのような地方都市の現場教師たちが大挙してブラジルに視察に訪れる時代になった。
 世界で最も日本人児童生徒だけで授業が行われているのは、国際的なはずの海外の日本人学校という逆説的な現象が起きつつある。
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 産経新聞五月八日付けに興味深い記事が掲載された。大衆演劇や歌舞伎で上演されることの多い長谷川伸の名作『瞼(まぶた)の母』を手がけることになった演出家・渡辺えり(53)さんが、リアルな現代劇に演出するための難しさを、こう語った。
 「自分でもショックだったんですが、日本人なのに百四十年前の芝居をするのが難しい。日本人は戦後、アメリカナイズされ過ぎて〃外国人〃になってしまった」。笠戸丸のたかだか四十年前の思考を理解するのが難しくなっているほど、日本人は中身が変わってしまったのか。
 逆に、日系人が日本に行ってもそう感じる場合がある。今年、ミス百周年に選ばれた中原エイコ・カリーナさん(26、三世)は、サンパウロ市近郊モジ市の農園で生まれ育った。五月十九日付けエスタード紙で、十三歳の時に祖父に連れられて訪日した時の感想を、「あっちは、私の住むところよりも西洋化されていると感じた」とコメントした。
 メディアを通した敗戦体験しかない「ブラジルの日本人」は、直接の敗戦を体験した「日本の日本人」よりも、アメリカナイズされていない日本人気質を残している。戦前戦中のバルガス国粋政策という逆風を耐え忍んだからこそ、独自の「日本精神」が形成され、より保守的な気質が残った。
 ところが、敗戦によって一からやり直した日本では、本国に居ながらにして日本人自身が気付かないうちにアメリカナイズされた思考が植え付けられた。両者の変化が相まって差異がより大きくなった。
 百年経って、どっちの方がより日本的か、という皮肉な状態が生まれている。かつての日本がコロニアに残り、日本自体はアメリカナイズされたとすれば、誰が日本人で、何が日本的なのか。
 コロニアに継承された「日本精神」は、そんな問いを祖国に投げかけている。グローバル化がもたらす人の移動により、日本の日本人にとって「身」も「心」も認識を改めざるを得ない状況が深まってきた。
 笠戸丸の時代に日本移民がコーヒー農園で直面した多国籍・多民族な環境は、百年後の現在、グローバル化の進展とともに日本国内の地方にある工場で再現されつつあるのかもしれない。
(続く、深沢正雪記者)



第1回 「日本人」という自覚=強かった村への帰属意識
第2回 「ジャポネース」とは=最初から外向きに形成
第3回 愛国補償心理と愛情確認=国民とは想像の政治共同体
第4回 現実を超えた「想像」=勝ち負けの心理的背景
第5回 「共同体」は極楽浄土=極限心理が求めた救い
第6回 裏切られた自尊心=理解されない移民の心情
第7回 作られるコロニア正史=「勝ち組=テロ」は本当か
第8回 勝ち組民衆の声はいずこ=日本とは異なる戦争経
第9回 七生報国説く2世軍人=純粋な日本民族解釈
第10回 エスニック「日系民族」=継承と統合の均衡へ
第11回 移民船という通過儀礼=NHKテレビ放送の衝撃
第12回 エスニックメディアNHK=通信の発達が創り出す「郷愁」
第13回 NHK視聴者は2世中心=新「共同体」の創造へ
第14回 日系の祖国は「日本」?=回帰する高齢2世層
第15回 ブラジル日本会議が発足=国境越えて想いを共有
第16回 デカセギで〃故郷〃喪失=「ブラジルの日本人」
第17回 ジャポネースと日本人=日本生まれの「ブラジル精神」
第18回 ジャポネースがサンバ=〃祖国〃で完結する同化
第19回 相対的に形成される認識=「二世、三世、ジャ・セイ!」
第20回 「生まれる」と「なる」=アイデンティティの選択
第21回 血統重視の「日本人」=国籍と一致しない自己認識
第22回 国民の権利を求める移民=問い直される選挙の意義