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百年の知恵=移民と「日本精神」=遠隔地ナショナリズム 第24回=グローバル化と表裏一体=ナショナリズムを超えて

ニッケイ新聞 2008年8月28日付け

 身近な生活圏への外国人急増に対する反動として、ナショナリズム傾向が強まる傾向はどこの国でもみられる。
 〇一年四月の大泉町長選挙前には「いまや大泉はブラジルの植民地である」という文章が、反外国人派の新人候補を支持する日本人商店のサイトに掲示され、地元ブラジル人コミュニティに大きな衝撃を与えた。
 「外国人問題が社会現象になっている先進国ドイツでは、今大変な事態(ネオナチス)が起きている。このままではやがてこの国でも何か起きる可能性を秘めている。今後、外国人問題はこの町に大きなつけとして、課題を残すだろう! 町民は故郷を失いつつある!」など弾劾する地元日本人住民の文章だった。
 「日本人」アイデンティティにとって、分かりやすく対比される存在は「ガイジン」だ。この「外国人」が増えつづける勢いを目の当たりにして不安を感じ、自尊心を満たして精神的な安定をえるために、対比する存在をおとしめる心理が働くようだ。
 異国に住んでいる不安定性を抱え、言葉の問題もあって安易に反論できない外国人は、手ごろな中傷の対象だった。
 「2ちゃんねる」というインターネット掲示板には、「どれだけルールが厳しかろうがここは日本だ。日本に住まわせて貰いたければブラ公は日本のルールを守れ。それが出来ないやつはブラジルへ帰れ!帰れ!帰れ!!!」などという差別的表現が散見される。
 慶應大学の小熊英二教授はナショナリズムとグローバリゼーションの関係を、「それが国境内で起きるのか、国際的に起きるのかである。グローバリゼーションが進んでいかないと、反発としてのナショナリズムは形成されないのだ」(SFCフォーラムニュース五十一号より)と表裏一体の存在であると指摘する。
 鉄道や飛行機などの交通機関の発達、ラジオやテレビの進歩で、国内格差が縮まることで国民意識を強めるナショナリズムが起きる。おなじ現象が国境を越えておきるとグローバリゼーションになるという。国境を越えた人の移動が激しくなり、身近な生活圏に外国人が増えると、地元住民のナショナリズムを刺激するという構図のようだ。
 前述のような支持も受けて当選した大泉町長が今年六月に初来伯し、サンパウロ市百周年式典に列席した。これは、ナショナリズムによる反発関係という次元を乗り越え、グローバリゼーションの中での友好関係に移行しようとする試みを象徴する出来事とも考えられる。
 本紙の取材に「町民と外国人がどう交流していけるか模索し続けた七年間だった」と振り返り、「この現状を維持するのではなく、むしろ将来のためにどう活用していけるかを考える心境になった」との前向きになった心情を吐露した。
 最も早く外国人集住が進んだ町ゆえに住民の反発も大きかった。だが、ブラジルタウンであるがゆえに、ナショナリズムの最高権威である天皇皇后両陛下のご視察を四月に受けるという町史に残る出来事がおきた。この〃認証〃を経て、大きな歴史の歯車が動いた。
 日本移民は裁判闘争を経て「日本国民」としての権利を日本政府から勝ち取ってきたが、皇室はずいぶん前から、移民とその子孫を国民同様に扱う態度を堅持してきた。
 皇室は日本を象徴するがゆえに、実は国外においては最もグローバルな存在でもある。そのグローバルな判断に基づいて、ブラジルの日系社会をご訪問する代わりに、大泉町の在日ブラジル人コミュニティをご視察された。
 本来は国外で示される日系人へのご厚意を、大泉という内なる〃国外〃で示された。両陛下が日系人を相手にグローバルな存在として振舞う様子を目の当たりにし、日本人住民は初めてのことに驚いた。国境の内と外が溶け合った一瞬だ。これはナショナリズムとグローバリゼーションの接点でもある。
 百周年を迎え、日系社会はブラジルからの異例の賞賛を受けたが、五十年前には誰も想像できなかった。このような歴史の振幅が収まるには数世代かかる。移住という壮大な民族的な実験は、百年たった時点の成果の一端として、そう示している。
 「移民なくして日伯関係を語ることはできない」――。後世の歴史家はきっとそう語るだろう。(続く、深沢正雪記者)



第1回 「日本人」という自覚=強かった村への帰属意識
第2回 「ジャポネース」とは=最初から外向きに形成
第3回 愛国補償心理と愛情確認=国民とは想像の政治共同体
第4回 現実を超えた「想像」=勝ち負けの心理的背景
第5回 「共同体」は極楽浄土=極限心理が求めた救い
第6回 裏切られた自尊心=理解されない移民の心情
第7回 作られるコロニア正史=「勝ち組=テロ」は本当か
第8回 勝ち組民衆の声はいずこ=日本とは異なる戦争経
第9回 七生報国説く2世軍人=純粋な日本民族解釈
第10回 エスニック「日系民族」=継承と統合の均衡へ
第11回 移民船という通過儀礼=NHKテレビ放送の衝撃
第12回 エスニックメディアNHK=通信の発達が創り出す「郷愁」
第13回 NHK視聴者は2世中心=新「共同体」の創造へ
第14回 日系の祖国は「日本」?=回帰する高齢2世層
第15回 ブラジル日本会議が発足=国境越えて想いを共有
第16回 デカセギで〃故郷〃喪失=「ブラジルの日本人」
第17回 ジャポネースと日本人=日本生まれの「ブラジル精神」
第18回 ジャポネースがサンバ=〃祖国〃で完結する同化
第19回 相対的に形成される認識=「二世、三世、ジャ・セイ!」
第20回 「生まれる」と「なる」=アイデンティティの選択
第21回 血統重視の「日本人」=国籍と一致しない自己認識
第22回 国民の権利を求める移民=問い直される選挙の意義
第23回 昔コーヒー園、今は工場=「身」も「心」も変わる日本