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百年の知恵=移民と「日本精神」=遠隔地ナショナリズム 第25回 エスニック化する世界=帝国崩壊とルーツ回帰

ニッケイ新聞 2008年8月29日付け

 前節では、世界各地で勃興してきているナショナリズムがグローバリゼーションと表裏一体の関係であることを概観してきた。では、資本主義とナショナリズムはどんな関係にあるのか。
 アンダーソンは『比較の亡霊』(作品社、〇五年)の中で、グローバル化の進展に伴い、国民国家において古典的なナショナリズムの中から民族性が現れてきたと論ずる。つまり、国民や国家の枠を越えて民族としての振る舞いが顕著になってきたという。
 「何百年もの歳月をかけて建設された巨大な多言語帝国は、つぎつぎに解体していった。(中略)こうした大いなる解体のプロセス――それは解放のプロセスでもあるのだが――が進むのと時を同じくして、世界は単一の資本主義経済へとますます緊密に統合されていったのである。(中略)資本主義経済への統合と帝国の分解という逆説的な二重の動きは、いったいどのように把握されるべきなのだろうか。(中略)資本主義は永遠にその動きを止めることなく、新しいさまざまなかたちのナショナリズムをうみだしているのだろうか」(九十八頁)
 自給自足の国民経済という夢をもった古典的な国民国家プロジェクトは、二〇世紀前半からめざましく発展した輸送と通信のグローバル化により、どんどん土台が崩された。国境を越えた人やモノの移動は容易になり、CNNやBBCなどの大手メディアは地球規模の影響を与えるようになった。
 七七年に米国で放送されたアレックス・ヘイリー原作のテレビドラマ『ルーツ』は驚くべき視聴率を誇ったが、「この番組のねらいは、いかにアメリカ化されようとも、ヘイリーの祖先たちが維持してきた不断の『アフリカ性』を強調することによって、メルティング・ポット〈人種のるつぼ〉というイデオロギーに対抗することであった」と分析する。
 八〇年代、その番組の影響により、「骨の髄までアメリカ人である若者たちが、さまざまなエスニシティ(民族性)研究を大学カリキュラムに設置することを求める請願運動を進めたことや、自分の両親がしばしば棄てようと決心した言語を熱心に学んだことを考えれば、『ルーツ』の人気は、このテーマが自分のエスニシティに置き換え可能だったことによる、といって間違いないだろう」とする。
 資本主義が帝国を解体し、封じ込められていたエスニックを解放する流れの中で多文化主義が立ちあがってきた。それがグローバリゼーションの本質だと説く。ソ連崩壊に伴う自治州独立、ユーゴスラビアの解体などもその理論から解釈する。
 ならば日本という〃帝国〃が解体された時、どんなエスニックが立ち現れてくるのか。その動きの一端が、先週末にブラジルで盛大に行われた沖縄県人移住百周年の諸行事かもしれない。これは「世界のウチナーンチュ」という国籍を超えたグローバルな民族性を特徴とする。
 日本から飛行機をチャーターして駆けつけるなど世界から在外同胞千人以上が集まるのは、どう考えても、ただの県人会活動ではない。
 日本の日本人自体が生活環境に外国人を意識する時代になり、沖縄系のような内なるエスニックが開放される動きに相対する形で、日本人全体を「世界の中のエスニック」とする認識が現れてくる可能性もある。
 「新しい日本人」意識形成には、日本移民と子孫が移民国家ブラジルというグローバル環境の中で先取るように形成してきた「ジャポネース」(=日系民族)という意識が参考指標を与えるかもしれない。
 NHKが開局八十周年記念して日本移民を描いたドラマ『ハルとナツ~届かなかった手紙』では、主人公姉妹の一人が、日本で築き上げた大企業の経営を退いて妹のいるブラジルへ向かうシーンで終わった。
 その姿は、資本主義の激烈な競争に疲れ、家族(=ルーツ)の絆の残る場所へ、国境を越えて回帰する「新しい日本人」像のようにも見えた。
(つづく、深沢正雪記者)



第1回 「日本人」という自覚=強かった村への帰属意識
第2回 「ジャポネース」とは=最初から外向きに形成
第3回 愛国補償心理と愛情確認=国民とは想像の政治共同体
第4回 現実を超えた「想像」=勝ち負けの心理的背景
第5回 「共同体」は極楽浄土=極限心理が求めた救い
第6回 裏切られた自尊心=理解されない移民の心情
第7回 作られるコロニア正史=「勝ち組=テロ」は本当か
第8回 勝ち組民衆の声はいずこ=日本とは異なる戦争経
第9回 七生報国説く2世軍人=純粋な日本民族解釈
第10回 エスニック「日系民族」=継承と統合の均衡へ
第11回 移民船という通過儀礼=NHKテレビ放送の衝撃
第12回 エスニックメディアNHK=通信の発達が創り出す「郷愁」
第13回 NHK視聴者は2世中心=新「共同体」の創造へ
第14回 日系の祖国は「日本」?=回帰する高齢2世層
第15回 ブラジル日本会議が発足=国境越えて想いを共有
第16回 デカセギで〃故郷〃喪失=「ブラジルの日本人」
第17回 ジャポネースと日本人=日本生まれの「ブラジル精神」
第18回 ジャポネースがサンバ=〃祖国〃で完結する同化
第19回 相対的に形成される認識=「二世、三世、ジャ・セイ!」
第20回 「生まれる」と「なる」=アイデンティティの選択
第21回 血統重視の「日本人」=国籍と一致しない自己認識
第22回 国民の権利を求める移民=問い直される選挙の意義
第23回 昔コーヒー園、今は工場=「身」も「心」も変わる日本
第24回 グローバル化と表裏一体=ナショナリズムを超えて