ニッケイ新聞 2008年8月30日付け
【サルヴァドール発・堀江剛史記者】バイーア州議会(マルセロ・ニーロ議長)は日本移民百周年を記念し、二十九日午前十一時から、特別議会を開いた。在レシーフェ総領事館の渡邉利夫総領事、同州の日系団体関係者ら約百人が出席した。
発起人となったアルヴァロ・ゴメス州議は、「日本人移民はバイーアの地に多くの種を蒔き、日本政府もブラジル発展のために多くの投資を行った」と顕彰し、「日伯間のさらなる経済交流に期待したい」と話した。
渡邉総領事が本年度の外務大臣表彰に選ばれたサルヴァドール日伯文化協会(ANISA、団体)とバイーア日伯文化協会連合会の山口延利会長(個人)に表彰状を手渡し、会場から大きな拍手が送られた。
続いて、移民百年バイーア実行委員会のオデシウ・コスタ・オリヴェイラ会長が同連合会所属の九団体から八十五歳以上の高齢者二十二人、五年以上会長職にあった十三人、二十年以上団体の要職にあった十三人、その他功労者十三人を表彰した。
バイーア州への日本人移住の嚆矢は、一九五三年十月にウナ植民地に入った三十八家族二百六十四人。
第一回移民の西本伍一さん(100、山口県)は、「自分で好んでブラジルに開拓に来た。楽しい思い出ばかり」と矍鑠とした様子で胸を張った。
同じくウナに五六年に入植した船戸寿恵さん(80、兵庫県)は、「平らな土地と聞いてきたが、デコボコの山。出ていくことを考える間もなく、二十五年くらいは仕事に必死でした」と振り返り、「こんな表彰をしてもらえるなんて思いもしなかった」と喜んだ。孫は十七人いるという。
アマゾンのトメアスー移住地に六〇年に入植、十年後に同州タペロアに転住、丁子やピメンタ・ド・レイノを作ってきたという丸山光雄(77、青森県)、せつ(72、同)夫妻は、「苦労したのはやはり言葉。でも住めば都です」と話していた。
サルヴァドールでは二十九日から三日間、市内展示場で日本文化フェスティバルが開かれており、二十九日夜には記念式典(後日詳報)が開かれた。