ニッケイ新聞 2008年9月17日付け
戦後間もなくブラジル国内からも〃最果ての地〃と呼ばれたアクレ州内のキナリー植民地。同植民地の第二回出身者会が十三日にモジ市内のレストランで開かれた。
「新聞、テレビはもちろん電気や水もないような生活をしていたね」と当時を振り返る参加者たち。「満月の夜は月夜の明かりでかくれんぼなんかしてね。それが楽しみだったの」と懐かしそうに思い出を口にする。
スイッチを押せば電気が点き、水道の蛇口を捻れば水が出てくるような不自由ない日本で育った記者にとっては、想像さえできない世界だし、ましてや生活することなんて不可能に感じた。
それでも十七歳で入植した川田信一さんが「生活は苦しかったけど、私にとっては良い思い出の土地」と嬉しそうに語っていた様子を見て、何か羨ましいような感情になった。 (貴)