ニッケイ新聞 2008年10月2日付け
サンパウロ総合大学(USP)生化学研究所が、人間の胚性幹細胞株培養に成功したと一日伯字紙が報じた。五月の最高裁での胚性幹細胞増殖実験承認後に再開された実験によるもので、国内での胚性幹細胞株培養成功は初めて。糖尿病、脊髄損傷など、現代医学で完治が難しい難病を患う人に光明をもたらすとの期待が高まっている。
一九九八年に米国で人間の胚性幹細胞(以下、ヒト胚性幹細胞)株培養に成功して以来、急速に発展している幹細胞研究だが、培養成功例がないブラジルでは、国外から冷凍輸入したヒト胚性幹細胞株で研究を重ねていた。その意味で、今回のUSP生化研でのヒト胚性幹細胞株培養成功は、ブラジル生物化学界の快挙であると共に、今後の研究、応用にも大きく貢献するものとして注目される。
ブラジルでのヒト胚性幹細胞研究は、二〇〇五年の生化学の安全性に関する法令発効以来積極的に進められてきたが、倫理的疑問などで最高裁判断を仰ぐこととなり、実験も一時中断。問題点は、ヒト胚性幹細胞の培養実験に使われる胎芽が、試験管ベビーとして母胎に注入されるのと同じ状態の受精卵を冷凍したものであることで、胎芽である受精卵が命を持つと見るか否かが問題とされた。
この件は、胚性幹細胞研究は人類への貢献度が高いと判断され、最高裁が五月に増殖実験を認める判決を下したが、実験段階での困難は、受精卵が解凍に耐えるか否か。
今回成功した実験でも、法令通り三年以上冷凍保存された受精卵二五〇個を解凍したが、受精後五日頃の胎芽内に形成される、三~四〇個の細胞からなる内部細胞塊の分離にまで至った受精卵は三〇個のみ。この内部細胞塊を分離したものを未分化のまま増殖培養し、必要に応じて、各器官を形成する細胞に分化できた時を、幹細胞株の培養に成功したという。
幹細胞株は、未分化状態での増殖継続も条件だが、胎芽から取られた胚性幹細胞は限りなく「不死」に近いのが特徴。これに対し、皮膚などから取った細胞をもとに培養した体性幹細胞は、一定の所で増殖が止まるものの、分化させた器官が利用者に問題なく適合するという利点を持つ。
幹細胞医療で期待されるのは、パーキンソン病や糖尿病、脊髄損傷など、現代医学では完治が難しい難病の再生医療。USPで培養された株からも神経細胞や筋肉組織が形成された他、八月十五日フォーリャ紙は、動物実験では、体性幹細胞で新しい歯の形成に成功した例を報じている。
第一世代となるヒト胚性幹細胞株はBR1と命名され、その誕生の経緯は二日にクリチバで開かれる学会で報告されることになっている。