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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2008年10月2日付け

 百年分のコロニア文芸の歴史をまとめる作業は大変な苦労が伴う。人文研百年叢書『ブラジル日系コロニア文芸(下巻)』をまとめた安良田済氏の、三年間にわたる努力には頭が下がる。そのおかげで興味深い分析を読むことができる▼例えば、戦前移住のピークであった一九三〇年代前半に関し、日本は軍国主義が台頭し、刑事に監視されていた自由主義者、社会派文学青年、徴兵回避を目的とする青年らインテリがたくさん移住者に混じっていたはずだとし、彼らがコロニアで活発に創作活動をしなかったことに「納得しかねる」(十四頁)と嘆息する▼その一例として、戦後の「よみもの賞」で『つつじ』を投稿し、第一席になった山路冬彦を挙げる。早稲田大学文科卒業生で、講師には芥川龍之介、直木三十五がいたことを挙げ、「特に直木三十五からは直接指導を受けたほど本格的に文学と取り組んだ文学青年」(同)だという▼山路は三八年に移住したが、安良田さんは「彼は五~六編程度しか小説を発表していない」といぶかる。晩年は北パラナに住み、酒に溺れる生活となり、六十代で惜しくも亡くなった。そして「歴史に『もし』はあり得ない、とは言うものの、もし、移住してきた多くの文学青年が、コロニアの文学に参加していたら、多くの傑作を生んだはずである」(十五頁)と惜しむ▼山路ほど日本の文学界に近い位置にいたものは少ないだろうが、地方の同人誌などで活躍した後、移住したものも相当数いたはず、と安良田さんは推測する。なぜ、彼らはペンをとらなかったのか。いずれ研究者に究明してほしい移民史の謎ではないか。(深)