ニッケイ新聞 2008年10月04日付け
サンパウロ人文科学研究所(本山省三理事長)が百周年を記念して発行している百周年叢書の第七号『ブラジル日系コロニア文芸(下巻)』の発刊式が九月二十七日午後、サンパウロ市の文協ビル内のエスペランサ婦人会サロンで行われ、文芸関係者ら約三十人が集まった。
最初に人文研顧問の宮尾進氏は「できれば年内に自由詩部門を別巻として出したい。川柳も書いてくれる人を探している」とあいさつし、続々と叢書が刊行される予定だと強調した。
百年間のコロニア小説を概観した本作に関し、「この種の本は今までなかった。力作なのでみなさんにぜひ読んでほしい」と呼びかけた。
著者の安良田済さん(92)は「移民史料館に通って資料収集に二年半、執筆に半年かかった」と振り返り、「もし欠落があれば、人文研に投書してほしい。改訂版が出れば、それを修正したい」と謙虚にのべた。
同年表によればコロニア初の小説(活字)作品は、一九二〇年に日伯新聞紙上で発表された『別れ路』(園部生)だ。
安良田さんは第一期(一九〇八―四五年)、第二期(四六―七七年)、第三期(七八―二〇〇七年)に分け、それぞれの代表作と解説、文芸誌と文学賞の歴史、文芸評論会の動向を詳細に記している。最後には、詳細な年表まで付記している労作だ。
一九四九年から七七年の間に活躍していた戦前移民作家数と、戦後のそれを比較するという調査(二百十頁)もしている。戦前は四十六人、戦後は二十三人とちょうど半分だ。続いて七八―〇〇年の間に二編以上の創作を発表した作家は、戦前移民および二世作家が三十七人、戦後移民作家は二十一人だという。
老境に達しているはずの戦前移民作家が現在もがんばっている状況を数字から確認し、「驚くべきものがある。このエネルギーはどこからくるのか。(中略)原因の一つとして、武本由夫が遺した『コロニアから文学の灯を消すな』という合言葉は老文芸人たちの脈動になっているのではないか」と分析する。
戦前小説の特徴は、場所をブラジルに置き換えただけの活劇、大衆小説が多く、いわゆる文芸小説は少なかったという。「創作というよりはいわゆる体験記で、移民にとってはそれしかなかった」という。
戦後には純文学の傾向が生まれ、パウリスタ新聞社系のよみもの社が出版していた娯楽雑誌が「よみもの賞」(一九四八―五二年)という形で原稿を募集し、「これが一つの起爆剤になった」という。またパウリスタ新聞自体も五七年に、新人発掘をするために文学賞を創設し、純文学への傾向が強まった。
六〇年ごろから戦後移民による創作活動が顕著になり、「戦後の日本の文学傾向を持ち込んだ」という。戦前移民の書く小説の主題は「郷愁」が多かったが、戦後は「郷愁は主題でなく背景になった」という。
戦後移民の作品傾向としては「移民の苦労話はごめんだ。小説は面白くあるべき」という主張が強くなった。
戦後六十年に渡って文芸界を間近に見てきた安良田さんだけに、興味深い考察が同書全体にちりばめられている。
価格は四十レアル。人文研ほか太陽堂、竹内書店、高野書店でも取り扱われる予定。