ニッケイ新聞 2008年12月11日付け
ブラジル移民を描いた「輝ける碧き空の下で」の著作もある作家、北杜夫氏のエッセイは、軽妙なユーモアたっぷりで独特の味わい。そのなかで、旧制松本高校時代の寮生活に触れたものが数篇ある。戦前のバンカラな気風のなかでの同級生たちとの青春群像には、同感する部分も多かった▼というのも、私事で恐縮だが、中学時代の一年間、寮生活を経験したことがある。早朝の点呼、寒風吹きすさぶなかでの乾布摩擦、宗門校のため朝のお勤めーと登校前は大忙し。何も習慣として身についていないのだが、当時の同級生と旧交を温めるおり、監視を逃れ、夜に寮を抜け出した開放感や寮監の先生たちの懐かしい思い出話が酒の肴となる▼「寮制度を続けて欲しい」―。今月六日にポンペイアの西村農工学校卒業式であった卒業生代表あいさつの一コマだ。わずかな違反でも退学処分になるなど、かつての日本式の厳格な生活指導で知られる同校。今年の卒業生は二十人だが、入学したのは四十五人というから、流れた涙にも合点がいく。だからこそ、同校出身者の信用もあるのだが、来年の卒業生が最後の寮生。聞けば、入寮希望者が激減、維持が難しいからだそうで、「これも時代の流れでしょうか…」と学校関係者。ちなみに卒業生らが選んだ人生のモットーは「臥薪嘗胆」▼多感な思春期に親元を離れて、多くの友人と過ごす経験は何物にも代え難いものだ。家族に見守られ友人と抱擁する卒業生らの姿に、小生が共に過ごした紅顔の坊主頭の面々を思い出したが、その寮もすでにない。 (剛)