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連載〈8〉増える日本への民事訴訟=嘱託書の手続きに課題

ニッケイ新聞 2008年12月17日付け

 連載第三回で紹介したマガリさんのように、ブラジルに残されたデカセギ留守家族が、日本にいる夫などに対し、扶養費の支払いや離婚を求めるため、民事訴訟を起こすケースが増えている。
 サンパウロ州高等裁判所のカイターノ・アクアスタ判事が今年六月にまとめた報告書によると、被告の呼び出しや訴状、判決文などを外国にいる被告に送達するため、〇一年に同裁判所が作成した裁判嘱託書(カルタ・ロガトーリア)は、約三千通。そのうち、約半数が日本に発送されている。この数字は、ブラジル人居住者が多いアメリカやポルトガル、アルゼンチン、イタリアなどよりも圧倒的に多い。
 今年の統計では、五月までに、すでに二千六百五十通もの嘱託書が同裁判所から日本に送られている。デカセギ永住者の増加に比例して、十年前に比べると数倍にも増えている。
 この嘱託書の約五〇%が扶養費の支払いを訴えるもの。離婚や子どもの認知問題、刑事問題など続く。伯日比較法学会の渡部和夫理事長は「デカセギの永住化が進むにつれてこうした訴訟が増えている」と指摘する。
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 実はこの送達書の発送にも様々な問題をはらんでいる。その一つが発送手続きの煩雑さだ。
 専門家の説明を統合すると、裁判嘱託書は、訴訟の申し出があった国内各地の地方裁判所が作成し、それを州高等裁判所が取りまとめる。これを裁判所指定のブラジル側の公証翻訳人が日本語に翻訳し、州高等裁判所からブラジル法務省に発送する。同省と外務省の間で数度やり取りを交わした後、日本の外務省に送られ、最高裁事務総局と地方裁判所を辿り、やっと当事者に届くという段取りになる。このため書類のやり取りだけで一年半以上かかることも多く、手続きの長期化が常態化している。
 加えて、デカセギ当事者がブラジルの家族に居場所を知らせず、日本で住所地を転々していることが多いことから、嘱託書が未着になってブラジルに返送されてくるケースも問題になっている。
 報告書によれば、三、四年前では、八割もの嘱託書があて先不明として返信されてきた。現在、五割ほどまでに改善されているが、依然として多くの嘱託書が宙に浮いている状況だ。渡部理事長は「そもそも母国で裁判を起こされていることを知らないデカセギもいるはず」と言う。
 両国の法律に詳しく、公証翻訳人でもある二宮正人氏(サンパウロ大学法学部教授)は、嘱託書の未着を助長した一つの要因として、ブラジル側の初歩的な技術ミスもあったと説明する。
 「例えば翻訳の問題。公証翻訳人がただの判決文の翻訳を間違えて〇〇しなさいという執行命令調に訳してしまうと、日本側ではその文書を承認できない。単純に日本の住所の訳し方を間違えて発送したために、嘱託書が日本に届かなかったこともある」。
 サンパウロ州裁判所指定の公証翻訳人の一人、山内淳さんによれば、現在サンパウロ州内で日本語とポルトガル語の公証翻訳人は約五十人いる。そのうち、実業にしているのは十人ほど。裁判所の指定翻訳人は約五人だ。
 「嘱託書の翻訳には一応定型があるが、実際には各翻訳人によって表現や書式が異なっているはず」と山内さん。分量は数枚ほどだが、専門の法律用語や条項も多く慣れない翻訳家は苦労すると明かす。
 二宮氏は、こうした実務レベルに耐えられる翻訳人の絶対数が足りないことも、嘱託書の発送手続きの遅れにつながっていると指摘する。「それに厳密性が要求される法律関係の文書をしっかり翻訳できる人材がより必要でしょう」と課題を挙げている。(つづく、池田泰久記者)

写真=伯日比較法学会の渡部理事長(サンパウロ市内の事務所にて)