ニッケイ新聞 2009年2月4日付け
モジ・ダス・クルーゼス文化協会(中山喜代治理事長)の定期総会が一月三十一日午後、開催された。財政上の重荷だった〇四年の興行失敗でできた二十五万レアルの借金を昨年無事に完済し、さらにその間に七十二万レアルもの設備投資まで実行したことが報告され、〇九年は晴れて創立七十周年を充実した体制で迎えることになった。出席した約四十人は、役員改選で改めて中山新体制を選出、金融危機を乗り越えて秋祭りを成功させようと誓った。
最初に、一九三九年に創立して以来、会活動に粉骨砕身してきた多くの役員、会員に黙祷が捧げられ、山元治彦評議員会長は「モジ社会に文協の名が知れ渡った百周年になった」とあいさつ。百周年公園が完成して市民の憩いの場となったと感謝した。
中山理事長は「みんな仕事や家庭を犠牲にしてコムニダーデのために尽くしてくれた」と礼をのべ、「難しい時期もあったが、使命は果たしたと思っている」と振り返った。就任前の〇四年、人気歌手サンディ&ジュニオールの興行が二回続けての大雨で失敗し、文協は二十五万レアルの借財を背負っていた。この四年間で無事に完済、肩の荷を降ろした。
その間、七十二万レアルの投資も行った。モデル校は採算が取れる状態になり、ほとんど住人がいない時期もあった学生寮には現在、十七人が生活している。
〇八年度の文協の収支では、全事業を足すと約百五十三万レアルにもなった。うち秋祭りが約九十三万レアルの事業規模で最大。同収入に対して支出は約六十八万レアル、粗利益が二十四万もあり、「過去最高のサウド(残金)」(理事長)。そこから借財の支払いや投資が行われた。
会館と学生寮、モデル校、スポーツセンターを合計した運営収入は約三十一万レアル、支出は約三十万レアルで、前年の繰越金と合わせた残金は約二万レアルとなった。
事業報告では、百周年の昨年、計十個もの顕彰プレートやトロフィーを受け、モジ地方紙二紙で計百十八回も記事が出て、市民に文協の存在をとどろかせたと報告された。野村次郎顧問が議長を務め、〇八年の会計・事業報告とも満場の拍手で承認された。
〇九年の予算はほぼ前年並みで、中山理事長は「金融危機で秋祭りや野球はスポンサーに苦労するだろうが、とことんやりぬく。ダメなら集まった範囲内に予算を縮小する」とのべ、行事予定と共に拍手で承認された。
役員改選が行われ、単一シャッパがその場で承認された。新任の渋谷仁評議員会長は「みなさんと共にがんばっていく」と抱負を述べ、再選を決めた中山理事長は、「財政が安定した今は、四十~五十歳の壮年部に力を入れる」とのべ、さらに帰伯デカセギ支援も検討する方向性を示した。
【理事会】会長=中山喜代治、第一副会長=枝木祐二、第二=津田フランク、第三=鈴木タカシ、第四=本多パウロ、第五=秋吉功、第一書記=渡辺ジョン、第二=奥山マリオ、第一会計=遠藤誠【評議員会】評議員長=渋谷仁、第一副=上田耕作、第二副=荒畑明男、書記=足立忠博【正監事】森繁親、田呂丸カミロ、斉藤マリオ
現在の会員数は約六百家族。ビリチーバ・ウス農事文化協会、ビラ・モラエス農事文化協会、コクエイラ農事協会、ポルテイラ・プレッタ農村協会、桜植民地農事協会、モジ南協会、ピンドラマ農村協会、中央日本人会の八団体が加盟する。