ニッケイ新聞 2009年2月13日付け
【群馬県発=池田泰久通信員】人口約四万二千人のうち、一五%以上をブラジル人やペルー人が占める日本最大の外国人密度を誇る集住地、群馬県邑楽郡大泉町。同町は九〇年の入管法改正以降、工場労働者として多くのデカセギを受け入れて発展した。経済危機による雇用悪化で「派遣切り」が深刻な社会問題になる中、一月二十四日、この町を訪れ、実情を肌で感じてみた。
東京の北千住駅から東武線特急に乗り一時間弱で西小泉駅に到着。至る所に黄緑旗、ポ語の掲示板や店案内が見える。外国人向けの刺青店やレストランも多い。
駅から徒歩五分のブラジリアンプラザへ。家電製品や衣類、パソコン関連のショップが軒を連ねる。外国人のメッカと聞いていたが土曜日午後にも拘らず客数はまばら。
店内で日系夫婦が営む軽食屋でミルクコーヒー(二百五十円)を飲んでいると、四十代ほどの非日系ブラジル人男性が来た。景気を尋ねると「仕事がない。ひどい」と声を落とした。
男性はサンパウロ市リベルダーデ区出身で茨城県在住。この日、車で数時間かけて遊びに来ていた。在日十年ほどだが日本語は話せない。工場で日本人に何度も注意された『ダメ』の言葉を、ジェスチャー交えておどけて言う。昨年末に失職。「このまま仕事がなければ、四月にはブラジルに帰る」とこぼした。
町全体の印象が暗く活気がない。人通りが少なく、ひっそりとした静けさが漂っていた。
毎日新聞などによると町の主要企業、三洋電機が半導体開発、製造部門で正社員の希望退職者を募り、人員削減を行うと発表したばかり。隣の太田市の富士重工業も、生産ラインの縮小と期間従業員の削減を決めた。
西小泉商店街近くの一般道に、ブラジル食品雑貨を扱う老舗のキタンジーニャがあった。
共同経営者の一人、新垣アメリアさん(二世)は在日十数年。「十年ぐらい前はお客も多くて忙しかった。でも最近は仕事を無くした人も多くてお客も減った」と肩を落す。子どもが三人おり、みな日本の大学を卒業。夫妻は今後も日本に永住するつもりだという。
町内の和食店に入ると、男性店主が日本人観光客に、ブラジル人住人について力説していた。
「彼らは何年も日本にいるのに日本語を覚えようとしない」。そう強い口調で言うのが聞こえ、「どうせブラジルに帰っても仕事を見つけるのも大変なんだろう。それでまた日本に帰ってくる人も多いんだ」と続ける。
穏やかそうな店主が堰を切ったように話すのを聞いて、日本人住人との壁の厚さを感じた。
唯一活況を呈していたのは同プラザ内の日系旅行社だ。「今売り上げが最高にいい。儲かっている」とその社員が日本語で笑顔を浮かべて言うのが聞こえた。不景気で帰伯する〃特需〃を喜んでいるようだ。
経済危機で町のブラジル人は減っているのか――。
その質問を後日、町役場の職員に電話で尋ねると「わからない」と即答。転入届けを出さず、各地から移動するブラジル人が多いなどが一因で、正式な数字は把握しきれないという。「でも体感としては一時帰国している人は多いのではないか」。
後日、東京で出会った同町在住の男性は「昨年末にかけて、愛知や浜松から大泉に数百人ほどブラジル人が流れてきた。町役場でもそうした情報は外に出したがらないらしい」と言った。仕事を求めて国内を転々とするブラジル人も相当数いるようだ。
百年に一度といわれる経済危機。本格的なデカセギ開始から約二十年を迎えた今年、在日ブラジル人は試練の時を迎えている。