ニッケイ新聞 2009年3月14日付け
コロニアはまた貴重な人に先立たれてしまった。戦後移住者の多くはあまり知らないと思うけれども、パラナ州カルロポリス市で1人の百姓として見事な生涯を送った伊藤直さんである。晩年は温和な優しい好々爺で村夫士風に飄々としていたが、若い頃は、南米銀行の支店長や戦後の混乱期には認識派のパウリスタ新聞創刊に参加し経理を担当している▼伊藤さんが彼の地に農場を求めたのは、この頃のときらしい。パ紙退職後は土を愛し百姓としての暮らしに入る。コチア産組の役員、コチア青年らのパトロンとして超人気の話もよく耳にし、セラード開発の陣頭指揮に立ち、パラカツの農場でいろいろと「談義」を聞いたのも懐かしい▼ときたま編集局へひょっこり現れ「これは美味いんだよ」と自家栽培のコーヒーをよく頂戴したが、確かに香りもよく美味い。伊藤さんは、このコーヒーを佐藤栄作首相に贈ったところ「ウームと唸った」と訥々と語るときの楽しくも嬉しそうな顔がいい。農地を牧場にしてはいけないーの意見を根っから信じる人でもある▼老齢になっても、農業に関する講演を好み、お呼びが掛かれば何処へでも赴く。南米銀行の故・橘富士雄氏を先輩として敬慕したのは、同郷を越えた真の友情から芽生えたものだろうし、ここに「人と人の結びつきと絆」見る思いがする。土の香りが強い田紳ながら素晴らしき人物であり、泉下への旅立ちが惜しまれる。文も良くし著書の「南米から見た日本人」は好評でー北海道協会の会長でもあった。享年95歳。ご冥福を祈る。合掌 (遯)