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40年代の映像、写真ありませんか?=勝ち負け抗争の記録映画に=イマージェンス・ド・ジャポン=奥原さんが呼びかけ

ニッケイ新聞 2009年3月24日付け

 「一九四〇年代の八ミリフィルムや写真を見せて欲しい」――。戦後コロニアを騒がせた勝ち負け抗争に関するドキュメタリー映画を手掛ける奥原純(イマージェンス・ド・ジャポンTV代表)、広瀬仁さん(同プロデューサー)が十七日来社、当時の貴重な映像・写真の提供を呼びかけている。今年八月の完成を目指すドキュメタリー映画『闇の一日(ポ語題um dia de trevas、九十分)』の資料映像に使いたいという。「コロニアの歴史を残すため、みなさんの協力をお願いしたい」と話している。

 「十年かけて調べてきました。『コラソンエス・スージョス』より前からですよ」
 二〇〇〇年に発刊され、コロニアはもとよりブラジル社会に衝撃を与えた同書(フェルナンド・モライス著)で初めて勝ち負け抗争の事実を知った日系人も多かったが、「個人的な関心から、資料を調べていた」という奥原さん。
 数年前から取材に本腰を入れ、勝ち負け抗争に関わった十人の証言を記録、多くの日本人が収監されたアンシェッタ島を元実行犯とともに訪問するなど、貴重な映像を撮り続けてきた。
 レジスタンス記念館として現在公開中の、実際に関係者らが拘留された当時の建物が残る元DOPS(社会政治警察)施設も訪れる予定だ。
 今回の取材で初めて明らかにされた事実もあると奥原さん。
 「実行犯が使った拳銃を運んだのは、警察の監視を避けるため、子供たちだったという証言もありました」
 三十時間以上撮り続けた映像の編集作業を進め、約八割が完成したが、「当時の実際の雰囲気を映画に多く取り込みたい」ことから、映像資料の提供をコロニアに呼びかける。
 脇山甚作大佐暗殺事件を中心に進むという映画では、ブラジルの社会情勢や日本人の宗教観、皇室に対する姿勢なども扱う。
 「何故日本人がそういう状態になったのか。ブラジルはもちろん、日本での上映も目指したい」と十年越しの集大成に意気込みを見せている。
 関係映像、写真をお持ちの方は奥原さん(11・8117・1289)まで。