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戦前・戦中の日系教育=ブラジリア大の根川助教授=基金で訪日成果報告会=資料提供も呼びかけ

ニッケイ新聞 2009年5月8日付け

 訪日研究を終えて帰伯した根川幸男ブラジリア大学助教授の研究成果報告会が六日夜、国際交流基金サンパウロ日本文化センターで行われた。テーマは「日系教育の変遷」。約二十五人が参加し、報告に耳を傾けた。

 ブラジリア大学外国語翻訳学部日本語学科で助教授を務める根川氏は、昨年七月から今年三月にかけて基金の「日本研究フェロー」事業で訪日。早稲田大学を拠点に研究活動を行い、国立国会図書館、外務省外交史料館、日本力行会等で日系教育機関の関係資料収集にあたった。
 今回の報告会のテーマは、「日本的教育文化の越境と展開~戦前・戦中期ブラジルにおける日系教育機関」。日系移民教育史を説明し、今回の訪日からどのような資料に出会えたか、その資料への考察が発表された。
 報告の中で根川助教授は、サンパウロ州義塾を開いた小林美登利による記録、サンパウロ州義塾日誌、外務省記録、日本語讀本、移民船内新聞などを取り上げて説明。資料を読み上げ、具体的に内容を確認する場面もあった。「日伯両文化の融和を目指した教育が行われたことも推測できる」と根川助教授は述べた。
 当日ゲストコメンテーターとして出席した田中洋典サンパウロ人文科学研究所所長はコメントの中で、「日本語教育がブラジル政府により弾圧を受ける中、十分な教材がなく海賊版の教科書も作られていた。隠れて日本語の書物を読んだ」と当時を回想し、「それほどに親の世代は熱心な教育を施してくれた」と語った。
 質疑応答では、大正小学校に通っていたという来場者が自身の体験談を語った。教育は進んでいたが、当時まだブラジルの政治社会で活躍する日系人は少なかったという。
 根川助教授は「ブラジル移民の歴史は日本の歴史の一部である。その歴史の重要性を伝えたい」と話す。また、「日系教育には母国の教育とは違った情熱があり、それは敬意に値する」とブラジルの日本的教育文化の価値を評価した。
 根川助教授は現在、インタビューや資料を基に日系教育の詳細を公の形で残したいとデータ収集に取組んでいる。同報告会の中で、残っている歴史的文献があれば研究資料収集のため提供して欲しいと協力を呼びかけた。
 資料提供の連絡は根川助教授(電話=61・3307・1137、メール=sachion02@yahoo.co.jp
)まで。