ニッケイ新聞 2009年5月26日付け
四百年前、アルゼンチンで奴隷扱いから逃れる裁判を起こした日本人は、日本名すら残さなかった。スペインに残った常倉恒長率いる慶長遣欧使節メンバーは、苗字のみ残した。ブラジル日系社会はなんとか百周年を過ごすことができたが、次の三百年で何を残せるだろう――。未来を〃知る〃ことはできないが、過去の延長として推測することは出来る。未来を予測するために、過去四百年から学べる教訓とは何か。この六月に迎える新しい百年紀、百一年目の移民の日という重要な節目と、日系社会のリーダーたる文協が六年の長期政権を終えて新しい木多体制に入るという重要な節目に、荒削りなのは百も承知だが、あえて叩き台として新しい日系社会試論を提言する。(深沢正雪記者)
第1部《世界史の視点から》=(1)=2度と訪れない101年目=「移住」を現代の眼で再考
昨年みなが目を奪われた輝かしい百年祭式典、一見すると日系社会の隆盛ともいえる状況の中、実は水面下では大変な地殻変動が起きている。先日の「聖南西・衰退する地方団体の苦悩」という三回連載で見てきたように、この十五年、二十年間は日系社会にとって未曾有の変動期だった。
二度と訪れない百一年目になにをすべきか。上原幸啓前文協会長の六年間の政権の間に、どれだけの日系団体が事実上の機能不全に陥り、解体の瀬戸際に瀕してきたか。
今までの〃改革〃で救われた日系団体が果たしてあるのか。みなで知恵を絞って、なにか根本的な対策を講じるべき時がきたのではないか。
ニッケイ新聞編集部では「移住とは壮大な民族的実験である」との吉田尚則前編集長の考え方に基づいて、日々取材している。その観点からすれば、このような百一年目の現在はまさに大きな節目にある。
「日系社会はいずれ滅亡する」と嘆くのは簡単だ。しかし、この危機をチャンスに変える発想はできないだろうか。
そのためには、大きな視野の中から移住の意義を問い直し、日本文化を残していく戦略を練り直す必要がある。
そんな切迫感の中、第一部《世界史の視点から》では、激動期にある日系社会を世界史の中から読み直し、存在価値を改めて考え直したい。
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日系社会を理解するには、その始まりである「移住」現象を深く理解することが出発点だ。
日系社会とはなにか。歴史的にどんな意味があり、どんな構造や特性を持っており、どんな方向へ向かっているのか。
移住は点から点に移動したらお終いではない。「日本からブラジルへ」という具合に直線的に考え、「一世から六世への世代交代は一方的な同化プロセス」と平板的に認識するだけでは、現実に六世まで純血子孫が残っている日系社会の本当の姿は分からない。
例えば、ブラジルに渡ってきた日本移民が子孫を増やして日系社会を形成し、その一部がデカセギとして日本に戻っている。グローバリゼーションの時代における労働力の移動は、国境を越えた日系社会の構成員の移動という広い枠で考えないと理解できない。
昨年八月に掲載した連載「移民と『日本精神』」で俯瞰したように移民一世の日本への郷愁の強まりと、デカセギのブラジル人としてのアイデンティティの強化は対をなすものであり、別々に論じると本来の民族的な動態がつかめない。
国境を越えた民族に何が起きるのか、それが国境を越えて戻ったときに何が起きているのか。これは「グローバル化の中の日系社会」という一つの大きな枠組みの中で論じられるべきだ。
現在のようにブラジル国内だけの現象や、日本国内だけを見ても全体像はつかめない。
日系社会という存在は国境を超え、国籍、文化、言語すらもまたがったところに立脚している。従来のイメージ以上に立体的かつダイナミックな存在であり、できる限り動態のまま、多角的に理解するように心がけたほうがいい。
日本移民、ブラジル日系社会、デカセギは同じ「移住」という現象の一側面にすぎない。それらを一つの現象として全体を俯瞰する、グローバルな日系社会論がいまこそ必要になってきている。 (つづく)
※ なお今連載では統計数字を多用するため、数字表記を「一万二千三百四十五人」という従来の漢数字ではなく「一万二三四五人」と簡略化する。