ニッケイ新聞 2009年6月19日付け
ブラジル日系社会は六月十八日、日本移民百一周年となる「移民の日」を迎えた。今年もサンパウロ市内各所で恒例の慰霊行事が営まれ、出席者らは先人へ感謝の思いを捧げた。百周年を祝った一年が過ぎ、新たな世紀へと入ったコロニアの歴史。節目の一日の表情を伝える。
■130人集い先駆者慰霊ミサ=過去と未来へ感謝と祈り
日本人ブラジル移民百一周年を迎え、六月十八日午前八時から「先駆者慰霊ミサ」(ブラジル日本文化福祉協会、日伯司牧協会共催)が、サンパウロ市ジョン・メンデス広場のサンゴンサーロ教会で厳かに執り行われた。「移民の日」最初の記念行事には、教会が埋まる約百三十人が参列し「ブラジルを作りこの地に眠った先人へ、またこれからの日系社会のために」(司祭)神に祈りを捧げた。
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連日の寒さが和らぎ穏やかな日差しに恵まれ、ロウレンソ主任司祭らによってミサが執り行われた。聖歌や祈りを交えながら、朗らかな雰囲気で進められた。
マタイによる福音書六章七節から十五節までが福音朗読され、続いてアレシオ司祭は日本語で説教を行い、日本人の祈り深い心を例にあげ、祈ることの大事さを説いた。
「共同祈願」では、出席した木多喜八郎文協会長、森口イナシオ援協会長、松尾治百周年協会執行委員長、丸橋次郎在聖首席領事らが、日系社会、日伯社会、また困難な状況にあるデカセギ、すべての青少年の安泰を祈った。
「感謝の典礼」で参列者たちは「平和のあいさつ」として握手や抱擁をかわし、聖体拝領を受けてミサが終わった。
参加者の中には老人の姿も多く、同教会に通い半世紀という錦田やす子さん(92、二世)は、「日系社会がこれからも大切にされていくように願いました」と杖をついて参加していた。
ミサ終了後は、聖母婦人会(畑中アリセ会長)らによって用意されたカフェと軽食を囲んだ。同婦人会会員の中矢キサさん(88、福島)は、五十年近く、毎年慰霊ミサに参加している。「この日を忘れちゃいけない。子弟に日本文化や日本語を伝えていくのは難しいけれど、これからも繁栄していって欲しい」。
文協会長として移民百一周年を迎えた木多さんは、ニッケイ新聞の取材に対して「初期移民がいなければ私たちは存在していないし、ブラジルも違った国になっているだろう」と先人らに感謝し、「百周年は全伯で祝賀され、日系への認識がさらに上がった。新文協会長として、これからもっと日本文化を広め、より多くの日系人を活動に取り込んでいきたい」と話していた。