ニッケイ新聞 2009年7月14日付け
「コロニア今昔物語」と題した人文研の講演会。コロニアラジオ界を振り返った石崎矩之さんは、「シネマ屋ブラジルを行く」などの著書で知られる細川周平・日本文化研究センター教授の調査を紹介してラジオの歴史を振り返った。それによると、アメリカのピッツバーグで一九二三年にラジオ放送が始まった一年後には、ブラジルでもリオ・サンパウロ市で放送を開始。コロニアの日本語ラジオとしては、三二年に日本の音楽を流した記録があるほか、戦後は四七年のパウリスタ新聞にラジオ放送の記事があるという。残念ながらどんな番組だったかは分かっていないそうだ。
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今年二月に発行されたアブリル出版の歴史雑誌「Aventura na HISTORIA」(二月号)で高拓生の貢献が四ページに渡り、「高拓生~ジュートの闘士たち」として紹介された。昨年の百周年の余波だろうか、日本移民に対するブラジル側からの顕彰は続く。なお、マナウスのアマゾナス連邦大学に日本語学科を設置しようと奔走しているのは、高拓二世らでつくる「高拓会」のメンバーであることに触れておきたい。
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一九二九年にトメアスーに入植した第一回アマゾン移民で現在も同地に住むのは三人―と先日書いたが、そのうちの一人横山禮子さん(81、北海道)が七日、心臓発作で亡くなった。加藤昌子さん(80、山形)と山田元さん(82、広島)の二人は元気に過ごしている。なお、山田さんは、本紙主催の講演会『トメアスーに生きる』で語る予定。日時と場所は、二十日午後六時半、文協貴賓室。初期アマゾン開拓の体験を聞く貴重な機会をお聞き見逃しなく。