ニッケイ新聞 2009年8月5日付け
外国に行くと物価を自分の国と比べて、云々する。それが旅行では楽しくもあり、国の事情を知る機会でもある。さて命に関わるとどうか。値段は決してつけられないものだし、国で違うのは本来おかしいのだが、現実はなかなかに酷である▼一九九九年に静岡県浜松市で落合真弓さん(当時16)ひき逃げ死亡事故を起こし、ブラジルに逃亡したミルトン・ノボル・ヒガキ被告(34)の判決が、わずか最低給料十カ月分(四千六百五十レアル、約二十二万円)の罰金で結審した。昨年下った三百万円相当の判決に対し、「支払い能力を超えている」との控訴を受けたものだ。初の代理処罰だったわけだが、どうも腑に落ちない▼静岡県湖西市で山岡理子ちゃん(当時2)がひき逃げされた事件では、両親が六月から、代理処罰の手続きを要請している。ブラジルの刑罰の軽さや謝罪の言葉が得られないことを理由に、藤本パトリシア容疑者の引渡しを求めていた。両国に引渡し条約がないため、非現実的ではあったものの、その気持ちは痛いほど分かる▼事故直後、サンパウロにある藤本容疑者の自宅を取材した。父親らしき人物は、こちらの意図を知るや「そんな人間は知らない」と激昂。「日本人は日系人を差別している」「山岡夫妻は酔っ払い運転していた」と愚にもつかないことをまくしたてた。子供をかばう気持ちは分かるが、子供を失った親への寸分の思いやりもない言葉に、憤慨した。ようやく司法の手が伸びる▼それぞれの国の事情はある。しかし、人一人の将来を奪った代償が二十万円とはやるせない。遺族の心情は察するに余りある。 (剛)