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日伯論談=第14回=ブラジル発=中川デシオ=移住と精神の健康

2009年8月8日付け

 まずは、いくつかの視点を織り交ぜたフィクションから始めるとしよう。それなら、読者も共に考え自身の結論を導き出すことができるだろう。読者の皆さんが日本に在住するブラジル人子弟の日常生活に考えをめぐらせる機会になることを期待したい。
 パトリシアは、十歳の元気な女の子だ。毎朝、目覚し時計が鳴り響くとゆっくりと起き上がる。眠気が覚めないまま、二歳年下の弟ファブリシオを起こしに行く。
 今日は彼の誕生日だ。お母さんが準備してくれた朝食を並んで取る。お母さんは、いつも朝早く仕事に出かけてしまう。二人は友達と一緒に学校へ向う。
 パトリッシアが教室へ入ると、彼女を待ちわびていた友達のさゆりは満面の笑みを浮かべる。授業が始まるまで二人はおしゃべりに没頭する。
 パトリシアは先生の話すことを良く理解しているが、時々物思いにふけっている。ブラジルについて考える日もある。お父さんは「ブラジルは祖父母、叔父、叔母、従兄弟、そしてお前の場所だ」という。
 校内掃除といった集団活動を行うとき、先生の目が行き届かないところでクラスメートが自分に意地悪をするのが理解できない。チャイムが鳴り授業の終わりを告げると、弟を連れて家に帰る時間だ。今日は特別な日、お母さんがファブリシオの誕生日を祝うためいつもより早く帰宅すると約束した。
 パトリシアはいつも通り家の近くのコンビニエンスストアに寄り、二人分の夕食を買う。
 ある日パトリシアが近所の女の子と遊びに出かけたら、やんちゃなファブリシオはテーブルによじ登り落っこちてしまった。弟の鳴き声を聞きぞっとした。お母さんにはきつく叱られ、弟を一人にしないことを話し合った。
 弟がテレビ番組を見ている間、パトリシアは日記を書いていた。ドアが開き、待ちに待った誕生日ケーキを手にお母さんが家に入ってくるのが聞こえた。
 布団を敷き眠りにつこうと枕に頭をのせる時には、嫌な考えが浮かんでくる。
 もしもお父さんやお母さんが死んでしまったらどうしよう? もしお父さんたちが仕事を失ったら? ある日、学校の先生が弟は授業中落ち着きがないと連絡してきた。お母さんが弟を病院へ連れて行ったけど、もしまた病気になったら? やっと眠りにつき、夢を見始める。
 その夢は、日本でデザイナーとして成功し皆に愛されること。そして、家族の幸福を育む十分なお金を稼ぐことー。
 精神不安定として懸念される状態にはどのようなものがあるか、そしてどのようなケアができるか。私の言葉でこれらのことを整理し、次のように判断してみたい。
 デカセギ労働者を対象に行われてきた調査は、こういった問題をケアするのに最も重要なのは家族の存在だと位置付けている。
 一九九〇年精神医学界では、日本在住のブラジル人就労者の間で新たな精神病のケースが増加しているという統計が発表された。
 それは、彼らが一人でいる場合に多く発症していた。その後何年か経つにつれ労働者らは家族を伴って日本へ移住するようになり、その数は減少を見せた。その反面、児童や高齢者に困難がふりかかる結果となった。
 子供の成長過程において複雑に巻き起こってきた現象に関しては、次のようなことが分析できる。移住の動きの中で、子供たちは他の何よりも家族のメンバーによる積極的な関わりを必要としている。
 移民の家族構成が縮小し、家族に祖父母、おじ、おば、いとこが含まれなくなった状況を考慮すれば、両親がより不可欠な役割を担うのが分かる。
 先ほどの話を振り返ると、パトリシアには両親とのコミュニケーション不足が目立つ。また、弟の面倒を見るため早期に成熟しなければならなかったのが見てとれる。 親は、子供が人間関係に支障をきたしていることを示すどんな小さな兆候も見逃してはならない。学習面、または暴力といったもので苦しんでいるかもしれない。
 子供へのケアの不足が、精神的な問題を引き起こす引き金となる。このような状況下にいる子供たちは精神的に弱く、簡単に深刻な家庭内問題に巻き込まれやすい。栄養バランスのとれない食生活により不健康に陥る可能性もある。
 ブラジルでも同様だが、日本にいて精神的不安定から集中力に欠ける子供たちは、注意欠陥障害として誤診されることがある。
 愛情不足という状況下で授業に専念できない子は、知的障害とレッテルを貼られることもある。
 精神的苦痛を表現しても、不確かな診断をされ、子供たちに非があるとされるだけなのだ。中には小さな過ちを犯しながらその痛みを表現し、注意を引こうとする子供もいる。彼らはこういった形で手助けを訴えているのだ。
 それでも、日本社会の反応は、特に外国人青少年を相手にする場合過度に差別的なものとなる。家族問題を扱うと、すぐに親の在り方が問われがちだが、その場合、親自身も困難に直面しているはずなのだ。
 多くの国際的調査は、民政や企業の社会活動がうまく機能する社会の在り方が、家族単位にも良い影響をもたらすと示している。児童の問題も、全ての責任を親たちに押し付けるのは公平とは言えないのだ。
 話を戻すと、私は医者として子供たちの症状が知的障害、注意欠陥障害、注意欠陥多動性障害、自閉症によるものなのか、またはそうではないのか、早期の的確な診断が重要になってくると訴えたい。
 子供たちが精神的に不安定な状態に陥っていても、早期に診断し、適切な治療を受けられれば、成長段階に降りかかる問題は軽減できる。必要なのは注意を向けること、そして時間をかけることなのだ。

中川デシオ(なかがわ・デシオ)

 精神科医。ブラジル日本文化福祉協会のデカセギ特別委員会委員長。文化教育連帯学会(ISEC)メンバー。