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現代の開拓者たち=新境地拓く在日ブラジル人=(3)=語学力武器に仕事探し=タガログ語学ぶ中尾さん

ニッケイ新聞 2009年10月20日付け

 【愛知県知立市発】「今回の選挙はどうなると思いますか」。「鳩山さんはどうかなあ」。日本国籍も持つ二世の中尾文雄さん(68)は、テレビを見ながらさまざまな質問をぶつけてくる。
 一見すると、のんびり引退後の生活をしているようだが、まだまだ現役を退く気はない。机には日ポ語の辞書やタガログ語の会話集、歴史小説などが積まれている。
 派遣会社で世話人をする間に通訳や翻訳の仕事に興味を持つようになった。領事館に提出する書類を訳したり、病院に付き添ったりというお小遣い稼ぎもしてきた。
 「誰か翻訳が必要な人いたら紹介してくださいね」。3年前から警察に通訳の仕事はないかと訪れている。「ポ語の通訳は余っている」と言われたが3度目に乗り込んだとき、ベトナム語、ペルシャ語、タイ語、タガログ語の通訳が不足していると聞いた。それなら新しく外国語を学ぼうとタガログ語を勉強し始めた。
 「タガログ語はアーベーセーが一緒でしょ。それにスペイン語に似てるから簡単かと思ったよ」。
 何冊もタガログ語の参考書をノートへ書き写し、簡単な会話ならできるまでになった。
 「でもフィリピン人と話す機会がないんで、誰か知らないですか」。
 昨年派遣会社を解雇され、再び警察署へ向かった。今度は検察庁か裁判所なら募集しているかもしれないと聞き、その足で検察へ向かった。
 「常に履歴書と日本語一級の証書を持っているからね」。検察では「勉強してみなさい」と手ごたえのある返事をもらえ、法律用語の対訳集を貸してくれた。それを勉強のためにノートにすべて書き写し始めた。4センチくらい厚い本だ。
 また、名古屋地方裁判所でも裁判を傍聴して感想文を提出すれば審査をすると言われ、何度か裁判を見に行った。感想文が審査を通り、面接。積極的な努力の甲斐あって、先日通訳として登録されることが決定した。
 「だめかなと思ったけどね、こんな手紙が届きましたよ」。嬉しそうに登録と講習会を知らせる用紙を見せてくれた。実際の通訳に向けて、ますます勉強に力が入る。

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 昨年からの急激な経済の落ち込みで、製造業の仕事がなくなる一方で、日系人の2カ国語能力が強く求められ始めた。
 知立市役所福祉課で通訳をする日系ペルー人コマツダニ・フエダ・ヨハリ・タエコさん(22、四世)もその一人。7月から臨時雇用で働き始めた。
 ペルー生まれなので母語はスペイン語だが、ブラジル人の夫とはポルトガル語で会話し、日本語は小学5年生から学んできているので計3カ国語に対応できる。
 「夫がクビになっちゃって仕事が見つからないから、わたしが働くことにしました。仕事の日は夫が子供をみてます」。
 コマツダニさんには3歳になる娘レティシアちゃんがいる。それまでも怪我をした夫の代わりに働いていたことがあった。
 「あのときは携帯電話会社の仕事で、外国人相手の督促だったからストレスが多かった。それに比べれば今は大変じゃありません」と話す。
 19歳で結婚、出産。「若いママ」のイメージと違い、遊んでいる娘を見守る様子は、とても22歳とは思えない、落ち着いた雰囲気を漂わせる。「出産して赤ちゃんの顔を見て、やっと〃会えた〃と嬉しくなりました。普段家ではポルトガル語だけど、母からスペイン語の子守歌を教えてもらって歌っています」。
 現在、コマツダニさんの夫にも仕事が見つかり、レティシアちゃんは保育園に預けている。夫は子供が小学校に入るまでにブラジルへ帰りたいと話している。そうなれば、コマツダニさんにとっては2度目の移住。「どうなるのかな。でもどこへ行っても、この子が元気で育ってくれたらいい」。
 彼女の仕事は長くとも2月には終わってしまう。期限付きの仕事ではあまり意味がないとも言われるが、彼女は「いい経験ができた」と前向きだ。(続く、秋山郁美通信員)

写真=知立派遣村相談会で通訳している中尾さん/コマツダニさん