ニッケイ新聞 2009年11月6日付け
東京、シカゴ、マドリッドと競って2016年五輪の開催地に選ばれ、リオが世界的な話題になったのは記憶に新しい。常に治安問題が挙げられる同地だが、徐々に中産階級が増えるなど良い面も現れている。読売新聞の小寺以作(いさく)前特派員(後任が着任済み)から、特別に寄稿があったので、ここに紹介する。(編集部)
【読売新聞前リオデジャネイロ特派員=小寺以作】2016年の夏季五輪の開催地に選ばれたリオデジャネイロで、住民の約2割が住み、かつては貧困と治安悪化の代名詞だったファベーラの生活が様変わりしている。経済成長によって中流層が誕生、政府の五輪誘致活動もあって一部では治安も大幅に改善している。
標高約500メートルの山の傾斜地に、小さなあばら家が密集し、約10万人が生活する市南部のファベーラ「ロシーニャ」。傾斜の急な表通りに面した、店舗と店舗のすき間をくぐると、突然、駐車場が現れ、周囲に白壁の3階建て住宅が並んでいた。
住民の一人、レナート・アルメイダさん(37)はハイヤー運転手。ウエートレスの妻と二人で、中流層のレベルに属する月2千レアル(約11万円)以上を稼ぎ、3人の子供には英語やパソコンを習わせている。
隣家の男性(41)は、市議の秘書で月収約3千レアル、2階の居間には、32インチのソニー製薄型液晶テレビがあり、窓の外に無数に広がるレンガ造りの粗末な家との格差が際立っている。男性は「今では住民の2割弱が中流層、彼らは極貧層が住んでいる一帯には絶対に近づかない」と語る。
和食レストランも進出
ファベーラは19世紀末に貧困層出身の兵士が、リオ市内の丘に板で家を建てて住み着いたのが始まり。その後、逃亡奴隷や地方からの出稼ぎが押し寄せて不法占拠を繰り返し、数が増殖。現在では、市内に約1千か所あり、市面積の3・8%に総人口の18%にあたる110万人が暮らしている。
政府が長年、問題を放置し続けたため、80年代になると、麻薬組織が入り込み、トラブル処理を担当、組織同士の縄張り争いも始まり、治安が悪化した。
しかし、2004年から高い経済成長を続けたことに加え、中道左派のルーラ大統領が、ファベーラの道路や上下水道を整備したことで生活環境が改善。住民の購買力も向上し、ロシーニャではテレビの所有率は9割を越え、ハンバーガーのチェーン店や和食レストランまで進出している。
ロシーニャで昨年開店したばかりの和食レストラン「MAKI」に入ると、手巻きは4~10レアル、鉄板焼きが25レアルとなっていた。最低賃金が485レアルであることを考えると、決して安くはないが、店長のアシス・ナウドさん(32)は、「週末には、ロシーニャや周辺から来るお客でにぎわいます」と強気の姿勢をのぞかせた。
政府の五輪誘致に伴い、治安が大幅に改善した地域もある。州警察は08年から、市南部の高級住宅街に隣接するファベーラ「バビロニア」など、5か所に特殊部隊を送り込み、各地を牛耳っていた麻薬組織を一掃。その後、警察署を建てて警官を24時間常駐させ、各家庭への巡回も実施、警備強化とともに犯罪を草の根から摘み取る作戦を展開している。
「今は安心して歩ける」
10月中旬にバビロニアを警官と一緒に歩いてみると、Tシャツ姿の住民たちがのんびりと行き交い、警官の姿を見ると、にこやかに声をかけてきた。案内役のフェリペ・ロペス隊長は、「我々は、住民のトラブル相談にも応じるようにしており、ようやく、麻薬組織ではなく、警察を頼るようになってくれた」と話す。
自治会のカルロス・ペレイラ副会長(47)は「昔は、銃を持った麻薬組織のメンバーがあちこちにいた上、別の組織に攻め込まれる危険性もあったが、今は安心して道を歩ける」と話す。
ただ、警官に縄張りを追われた麻薬組織が、ロシーニャなど、より大きなファベーラに逃げ込み、新たな抗争の火種となるケースもある。10月下旬には、ここを拠点とする麻薬組織が、別の組織と銃撃戦を展開、鎮圧しようとした警察のヘリコプターが狙撃される事件も発生した。
政府は五輪開催に向け、市中心部に治安対策センターを建設し、防犯カメラによる監視を強化する方針だが、市内約1千カ所に上るファベーラ全体の治安を回復するのは容易ではない。