ハイチでM7の大地震==政府や国連施設も崩壊=ブラジルも食糧送付と人道支援=平和部隊兵士14人が死亡
ニッケイ新聞 2010年1月14日付け
ハイチ共和国の首都ポルトープランス付近で12日16時53分(ブラジリア時間の19時53分)マグニチュード7の地震が発生し、ブラジル政府は14トンの食糧送付と1千万ドルの人道支援を行うことを決めた。国連平和部隊従軍兵士1266人など、1310人のブラジル人が滞在中で、13日付けエスタード紙などによると、外務省は12日、駐ハイチ伯大使館へ電話で被災民への救援に協力するよう連絡。13日付G1サイトなどによれば、同地駐屯のブラジル軍兵士11人を含む国連平和部隊兵士14人の死亡確認のほか、全体の被災者数は300万人に及ぶ可能性があるとの赤十字社報告も発表されている。
現地では、大統領官邸や主な公共病院、国連平和部隊の将官らが宿泊するホテル・モンターナなどの主要建築物も崩壊。13日13時半過ぎには、ブラジル軍兵士11人の死亡が確認されたと報道された。
市民は帰宅が危険であるとして、街路で余震に備えている。市内交通や連絡する公用車は、瓦礫のために停止。
難を免れたアルゼンチン病院とブラジル軍野営部隊が、怪我人の治療に当たっている。しかし、ブラジル軍兵士らの宿舎であったポント・フォルテ22は全壊。13日昼過ぎには、死者11人、負傷者7人、行方不明7人と報告されている。
13日になっても、一部通信網が切断されているため、被害の実態把握は困難なようだ。目撃者の証言では、市民らは暗闇の中で下敷きとなった身内の救出や生き埋めとなった犠牲者を手探りで掘り出しに没頭したとロイター通信が報じた。
地面の震動は、隣国ドミニカやジャマイカ島、キューバにも感じられた。震源地は首都から南西へ22キロのカレフル県、深度は8キロメートル。津波警報は解除された。
ブラジル派遣部隊の本部近くには、大統領府の他に財務省や労働省、法務省、郵政省、国会、教会堂などがあり、全てが瓦礫と化した。
駐米ハイチ大使館のレイモン・ジョセフ大使は、CNNテレビを通じて全世界へ救援支援を要請し、災害が惨事に至らないよう祈るという。ハイチのプレヴァル大統領と夫人は難を免れた。
米国を始め仏、コロンビア、ベネズエラ諸政府は13日、救援物資積載の船を直ちにハイチ向け出港させた。ブラジルも13日に、食糧14トンと人道支援1千万ドルの供出を決め、ジョビン国防相も現地入りする。
カンピーナス第11歩兵部隊の130人は、ブラジルへの帰国準備中であった。帰国作戦が順調であれば13日午後5時、グアルーリョス空軍基地に帰還予定だったが、12日午後11時まで音信不通。