ニッケイ新聞 2010年1月22日付け
午前8時15分という時間は、コラム子にとって感覚に染み込んだ二つの意味がある。広島出身だから、もちろん原爆の投下時間。もう一つはNHK朝の連続テレビ小説が始まる時間だ。小学生の頃は、主題歌が始まると遅刻寸前というのが登校の目安だった。その開始時間が48年ぶりに変更され、午前8時ちょうどになるという▼変更後、初めての放映は『ゲゲゲの女房』。『ゲゲゲの鬼太郎』『悪魔くん』などの妖怪漫画で一世を風靡した漫画家水木しげる氏の妻、武良布枝さんの同名著書(実業之日本社)が原作だ。極貧生活から日本を代表する漫画家となっていく夫を支える昭和の女性史でもある▼『日本妖怪大事典』(角川書店)では、数百の妖怪が水木氏の画で紹介される。夜道でついてくる「べとべとさん」、首筋を震えさせる「ぶるぶる」。子供の頃、風呂桶をせっせと磨いたのは「あかなめ」のおかげ。不潔にしておくと、夜中に舐めに来るというから怖かった。太った女が家に寝ている「ねぶとり」は現実にいるが、妖怪扱いとはニヤリとさせられる▼かつて日本人は自然を畏怖する謙虚さと、未知のものを〃擬人化〃する想像力の逞しさを持っていた。煌々とした光に妖怪たちが追いやられてしまった現代、水木漫画は文明社会への警鐘であり、日本人の精神世界を未来に伝える文化遺産でもある▼ブラジルだけでなく世界中でアニメブームだが、地方性豊かな日本の原風景を見せてくれる水木作品はもっと知られてもいい。同事典も『ゲゲゲの女房』も文協図書館にある。朝ドラが始まる3月29日までに御一読されてはいかがだろうか。 (剛)