ブラジル国内ニュース(アーカイブ)

ブラジルは起業の歴史=事業精神旺盛なブラジル

ニッケイ新聞 2010年1月28日付け

 歴史研究家のジョルジェ・カウデイラ氏は「ブラジルは起業の楽園」とする自著を上梓し25日、ブラジル歴史の知られざる部分を明かしたことを26日付けジアリオ・ド・コメルシオ紙が報じた。
 ブラジルの起業家第1号であるジョゼ・アンシエッタ神父については、文化面の功績だけ指摘され、経済面は忘れられている。同神父にとって起業とは、自分の目的に向かってまい進することだという。
 ブラジルの歴史は、始めから起業目的で進められてきた。1500年の発見後、人々は欧州から事業をするために新天地へやってきた。その心意気は、今でも子孫の血の中に生きている。
 しかし、ポルトガル王室の植民地時代は、植民地搾取主義のため経済は停滞した。植民地時代後の起業が始まった1800年当時は国内経済と国外取引の規模が半々であり、現在と同じだった。
 19世紀までにポルトガルや欧州全域から移民が続々と入植し、20世紀には日本やアラブ、アジアからも一攫千金を夢みて移民が来た。
 アンシエッタ神父より先に来伯したジョアン・ラマーリョは、船が難破しサンヴィセンテへ漂着した。そしてインジオの娘30人を妻にした。その妻たちが多勢の子どもを産んで、ラマーリョは資産家になった。
 この結婚による資産つくりは流行になり、ポルトガルから多数の独身者がやってきて大家族をつくった。これも出稼ぎが金を儲ける方法であった。資産つくりには、奴隷の売買も加わった。
 奴隷は商品と考慮され、奴隷を多数所有することが資産家と見なされる時代があった。奴隷は給料を払う必要がない。しかし、有能な奴隷が現れると、その能力が取引対象となった。
 北米で奴隷自らが自由を買うことが出来たのはわずか1%だったが、ブラジルは6%もいた。手芸生産をし、その売上を奴隷主と折半するなどして、自由を買った。 
 奴隷の商売熱心に刺激され、出稼ぎも商売のコツを多くを学んだ。大地主を資産家と勘違いする人がいるが、土地は生産があって初めて価値がある。 
 従来ブラジルの歴史では、大地主制度が農産物を輸出することが唯一の植民地経済であるかのように語られてきたが、最近の調査では、前述のように国内でも多数の事業が行われ、国内市場にも富があったことが分ってきた。

こちらの記事もどうぞ

Back to top button